おいしいごはんを炊く道具といえば、すぐに思い浮かぶのが土鍋。
日本料理店でも多く使われていて、おいしく炊けるイメージがあります。お米好きなら一度は使ってみたいアイテム。でも、
そもそも土鍋で炊くとなぜおいしいの?
買うならどの商品を選んだらいい?
など疑問もいろいろ。そこで相談したのは、ロジカルな解説が人気の料理家・樋口直哉さん!自身のnoteや各メディアに掲載の炊飯に関する記事が大人気。なおかつ、調理道具選びに最適解を示してくれる記事にも定評があります。
今回は、炊飯にも調理道具選びにも詳しい樋口さんに、炊飯土鍋についていろいろお聞きしました。結論から言うと、土鍋に詳しくなったのはもちろんですが、とにかくごはんがすごく上手に炊けるようになりました! 土鍋ごはんについて考えることは、すなわちごはんを炊くメカニズムについて知ることだったんです。
記事の後半では、最高においしい「土鍋ごはん」の炊き方も紹介。土鍋ごはんの最もおいしい「一瞬!」を味わう食べ方は必見です。
樋口直哉さん
作家・料理家。服部栄養専門学校卒業後、フレンチレストラン勤務などを経て料理家に。料理の美味しさや仕組みに関するロジカルな解説、定番料理を新解釈したレシピなどが人気。
主な著書に小説『スープの国のお姫様』(小学館)、ノンフィクション『おいしいものには理由がある』(角川書店)、料理本『新しい料理の教科書』(マガジンハウス)、『ぼくのおいしいは3でつくる』(辰巳出版)など。
note 樋口直哉(TravelingFoodLab.)
twitter @naoya_foodlab
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理想の炊飯土鍋ってどんなもの?
ーーいきなり本題からなんですが、理想の炊飯土鍋ってどんなものなのでしょうか?
樋口:「理想の」っていうのは無いんですよ。
ーー(えっ……?)
樋口:その人の理想のごはんがどんなものかによるので、万人に共通の「理想」っていうのは無い。
ーー言われてみれば、おっしゃる通りです……。
樋口:これは土鍋に限った話じゃないんですけど、炊飯道具にはそれぞれにメリット・デメリットがあり、そこから自分に合ったものを選ぶということですね。
ーーなるほど。そもそも土鍋がベストっていうことではないと。
樋口:そうです。なぜ土鍋を買わなくちゃいけないのか、買ってなにが良くなるのかを最初にわかってないといけないですよね。
まず知っておきたい、炊飯道具のメリットデメリット
▲樋口さんがお持ちの炊飯道具
ーー炊飯道具というと、炊飯器、土鍋、鋳物鍋、羽釜などがありますが……。
樋口:まず押さえておくべきは、蓋ができる鍋であればどんな鍋でもごはんは炊けるということ。炊けるんですが、それぞれに性質が異なるという話になります。
ーーはい。それぞれどんな違いがあるんでしょうか?
樋口:まずは炊飯器と鍋の2つで比較すると分かりやすいと思います。炊飯器の最大のメリットは、スイッチを押したら炊きあがってるということ。炊飯って浸漬・炊飯・蒸らしの3つのプロセスで成り立っているんですが、炊飯器はこの3つを自動化してくれる。
ただ、全部の工程を連続で進むので、炊けるまでに45分以上かかります。それがある意味デメリット。鍋炊きだと事前に浸漬を済ませておけば15分くらいで炊きあがりますから。
ーー炊飯器のメリットは自動であること、デメリットは時間がかかるってことですね。
樋口:はい。あと、炊飯器は保温してくれる点もメリットですね。炊飯器にはもう一つデメリットがあって、お米に合わせて炊き上がりを変えられないんです。最近の炊飯器は機能がすごく進化しているので、コシヒカリモードなど銘柄で炊き分けられるとか、ある程度コントロールはできるんですが、細かい微調整はできない。
樋口:あとこれはレシピの部分でもやりますが、鍋にはもうひとつメリットがあるんです。それはご飯を蒸らさずに食べられるということ。それがすごくうまい。炊飯器は途中で開けられないんですが、鍋はあけられるので。
土鍋は他の道具より、やわらかめに炊ける
ーー続いて、鍋の種類による違いについても教えてください。鍋には土鍋、鋳物鍋、羽釜、アルミなどがありますが、それぞれどんな特徴がありますか?
樋口:金属鍋の中でもアルミや羽釜は熱伝導がよく、沸点までの時間が短いのでしゃきっとハリのあるごはんを炊くのに適しています。
同じ金属鍋でも厚手の鋳物、あとは土鍋も熱伝導が悪いので、ゆっくり加熱され、やわらかくふっくら炊きあがります。
Image: Amazon.co.jp
ーー土鍋を購入したい場合、厚手のものと、薄めのものがあると思うんですが、それも熱伝導で考えたほうがいいということですね
樋口:そうです。無印良品の土鍋などがそうなんですが、ものすごく分厚くすることで熱伝導を悪くして、火加減調節をしなくても炊けるようになっている(※)。同様に火加減不要な商品で、内蓋がついているタイプもよくありますね。
※2022年10月時点で販売されている無印良品の炊飯土鍋「土釜おこげ」は、2合なら中火で12〜14分加熱したのち火を止めて20分置くだけで炊ける仕様。
沸騰までの時間が、炊きあがりの味を左右する
ーーどうして熱伝導がいいとかために、熱伝導が悪いとやわらかく炊きあがるんでしょうか?
樋口:熱伝導がいいと沸騰するまでの時間が短い。すると、お米のデンプンが外に流出しにくいので、粘りが少なくかためのごはんが炊けます。
反対に熱伝導率が悪い鍋は熱のまわりが遅く、沸騰までに時間がかかる。お米が水を吸う時間もあるし、デンプンも流出しやすいので、やわらかくふっくら炊きあがり、甘みが強調されたごはんになります。
樋口:言い方を変えると、沸騰までの時間は、お米のハリに影響するんです。
ーーハリっていうのはどういうことなんでしょうか?
樋口:ごはんの炊き上がりのおいしい状態っていうのは、外硬内柔(がいこうないなん)がいいと言われています。外側が硬くて、中がやわらかい。これが今のごはんのおいしさの主流の考え方で、外硬の部分がハリということです。
で、どうやったらハリを得られるかっていうと、沸騰までの時間を短くして、なるべくでんぷんが外に流出しないように、しゃきっと加熱してあげるっていうのがポイントになってきます。
▼樋口さんの解説を踏まえた、炊飯道具の特徴一覧
Image: Amazon.co.jp
ーーちなみに、羽釜はおいしいとよく言われますが、アルミの鍋と羽釜はどこが違うんですか?
樋口:羽釜の特徴は、羽がついていること。この羽には2つの目的があって、1つは薪で炊いたときに吹きこぼれを受け止める。そのため火が消えずに炊飯が安定する。
もう1つは、羽の部分が熱を保ってくれるので、火を止めた後の蒸らしのとき、高い温度を維持できる。金属の容量が大きくなるぶん、冷めにくいわけです。
土鍋はサイズで選ぶべし!樋口さんの愛用は三鈴陶器の3合炊き
ーー各道具の特徴はつかめました。ふっくらやわらかめのごはんを炊きたい場合は土鍋を選ぶことになると思うんですが、炊飯土鍋にもいろいろな商品があります。樋口さんが使われているのはどんなタイプですか?
樋口:僕が使っているのは「三鈴陶器のごはん鍋」というもの。薄めで熱伝導がいい。お店で使われていることも多いですね。
ーーなぜこの土鍋を選ばれたんですか?土鍋を選ぶときのポイントは?
樋口:最大のポイントは「大きさ」なんです。炊飯土鍋は大きさで選ぶべし。うちは2合炊くんで3合炊きの土鍋。3合炊く人は5合炊きを選んでください。
ーーマックスの量を炊かないってことですね。
樋口:はい。3合炊く場合は厳密には4.5合くらいのサイズがあればいいんですが、売っていないので。マックスの量を炊かない理由は、おいしく炊けないからです。
炊飯をしていると、上と下で温度差ができるんですよ。それが炊きムラになる。炊きムラが大きくなるのでマックスの量は炊かない。これは炊飯器も同じです。
ーーほかに選んだポイントはありますか?
樋口:内蓋が無いことです。洗うのが面倒だし、内蓋って吹きこぼれを防ぐためについているんですよ。でも、火加減の調節が自分でできれば内蓋ナシでも困らない。ふだんはこの土鍋で炊いていますが、スープなんかもこの鍋で作ってテーブルにそのまま出すこともあります。
用途が広いのも土鍋のメリットです。そういった使いやすさも選んだ理由ですね。
ーー鍋底の形状はどうですか? 丸いもの、平たいものなどありますが、それで仕上がりに影響は?
樋口:鍋底が極端に大きい、極端に小さいということがなければ、さほど影響はしないはず。ガスコンロの火口の大きさに対してのサイズが合ってることが大事ですね。
例えば、小さなバーナーで大きい鍋を温めたり、逆に火口に対して鍋が小さかったりすると熱ムラができやすく、うまく炊けません。
料理用の土鍋と炊飯用の土鍋は、ほぼ同じ!?
ーーちなみに、炊飯用の土鍋って、料理用の土鍋とどこが違うのでしょうか?
樋口:違いは鍋の形状ですね。炊飯用土鍋には、内蓋があるタイプとないタイプがありますが、どちらも基本的に吹きこぼれにくいようにできています。
熱伝導については、実際に計測してみたんですが、そこまで差はありませんでした。料理用の土鍋で炊いたものもちゃんとおいしいです。
これは三鈴陶器のご飯土鍋と、無印良品の軽量土鍋という料理用土鍋の沸騰までの時間を比較したもの。500mlの水を同じ火カで火にかけた時の温度上昇のグラフです。
樋口さんが実際に計測してくださったグラフ
▼炊飯用土鍋
6分で沸点に到達する
▼料理用土鍋
沸点までの時間が炊飯用よりも長い。6分9秒かかる
樋口:水温20℃から同じ火加減で加熱すると炊飯用土鍋は6分で沸点に達します。対して料理用の土鍋は沸騰までに6分9秒ちょっとかかるので、厳密に言えば料理用土鍋の方がやわらかく炊けるということ……なんですが、見てわかる通り差が無いです。
つまり、普段使いであれば、炊飯用でも料理用でもあまり変わらないですね。最近の料理用土鍋が使い勝手を考えて、軽い=薄くなっている影響もあるのかもしれません。
1合こそ土鍋で炊くべき。大は小を兼ねない
ーーあと、ごはん炊き用として1合の小さい土鍋もよく出回っていますが、少量でもおいしく炊けるものですか?
▲編集部撮影
樋口:ごはんを1合炊くというのはすごく難しい。量が少ないとすぐ沸騰しちゃうので、うまく煮えないんです。お米は外側に早く火が入っちゃうとデンプンがかたまってしまって、なかに水分が入っていきづらくなるんですよ。
だから、1合を炊くんであれば、むしろ土鍋が一番いいと思います。1合や1.5合炊き用の専用の土鍋はすごく分厚くすることで熱伝導を悪くしているので。
炊飯土鍋の選び方:まとめ
・自分で炊きあがりをコントロールしたいなら、炊飯器より鍋を選ぶ
・やわらかめのごはんが好きなら、鍋の中でも土鍋を選ぶ
・炊飯土鍋でラクに炊きたいなら、火加減調整がいらない厚手タイプを選ぶ
・自分で火加減調整ができる人、扱いやすいものがいい人は中蓋ナシの薄手の土鍋を選ぶ
編集部がピックアップ・おすすめ炊飯土鍋3点
樋口さんの解説を踏まえて、おすすめの炊飯土鍋をピックアップしました。使用レビューも合わせて紹介します(写真は編集部撮影)。
三鈴陶器|ごはん鍋
【使用レビュー】樋口さんも愛用の土鍋。熱伝導がいいだけあり、ほかの2つよりもハリや粒感のある炊きあがりです。写真の3合タイプはキッチンに置いてもそこまで邪魔にならず、気軽に手に取って炊きたくなるサイズ感&軽さ。洗うときもラクです。価格がお手頃なのも魅力。
無印良品|土釜おこげ
【使用レビュー】火加減調節が不要の厚手タイプ。2合だと中火で12〜14分加熱して火を止めるだけなので、土鍋デビューにはおすすめ。初回はなぜか芯が残ってしまいましたが(浸漬不足?)、2回目以降は安定感のある炊きあがり。3商品の中で最もやわらかく炊けます。深いので残った米粒をかき出しにくいのが難点。スープなどの用途に使うのも難しそうです。
かもしか道具店|萬古焼 ごはんの鍋 1合炊き
【使用レビュー】1合用の炊飯専用土鍋。沸騰すると溢れそうになったので、少し蓋をずらして調整しました(写真左)。炊きあがりは3合炊き商品と遜色ないツヤツヤのごはん!2商品に比べるとややかためです。おひつとしても使える仕様(レンジ加熱OK)ですが、調湿効果はそこまで感じませんでした。
最高においしい「土鍋ごはん」の炊き方レシピ
ここからは、樋口さんに土鍋ごはんのおいしい炊き方について教えてもらいました。土鍋だからこそ味わえる、最高の一瞬(5分蒸らし)を食べるレシピ。計量や研ぎ方についても目からウロコのポイントが満載なので、まずは一度、書いてある通りに炊いてみてください。
米2合 300g
水 400ml(かためなら380ml、やわらかめなら420ml)
【工程】
・計量
・洗う
・ザルに上げる
・浸漬(30分〜1時間)
・炊く(10分)
・蒸らし(5分)
【計量】カップで量らない。「重さ」で計量するのが大事
ーーおお、いきなり最初の工程から、私がふだんやってる方法と違います。1合の計量カップで「すりきり」で量るのが正解だと思っていました(しかも「すりきり」すらちゃんとやっていない……)。
樋口:お米は重さで量ることが大事です。というのも、今のお米って粒の大きさが品種によってバラバラなんで、体積ではなかなか測りづらいんですよ。重さで量るのは結構大事。
2合なので300g量りますね。今日はつや姫です。
【洗う】最初の洗いも急がず大丈夫。やさしく2〜3回洗う
樋口:お米を洗っていきます。ひたひたくらいの水を注ぎ、指先を丸めてぐるぐると10回ほどかき混ぜます。
ーー最初に汚れた水を吸わないように、急いだほうがいいんでしょうか?
樋口:いや、お米ってそんな簡単に水を吸わないんで大丈夫です。だから時間かけて浸漬させないといけないんですよ。焦る必要はまったくありません。


新たに水を注いで、ひたひたの量を残して捨て、また同じように洗います。
2回洗えばOKです。3回だと完璧。1回だけだと匂いが気になりますが、2回洗えば大丈夫です。3回目と4回目の味の差は僕にはわかりません。だからこれ以上は洗わなくていいです。
【ザルに上げる】意外に大事。余分な水をいったん切る
樋口:で、ここで一旦ザルにあげてほしいんです。
ーーそれはなぜですか?
樋口:そうじゃないと、ごはんを炊くときの水を正確に計量できないんですよ。
意外と水がたまってるんです。30秒も置けば落ちます。
【浸漬】浸漬がとにかく大事。30分〜1時間冷蔵庫に入れる
樋口:2合なので水を400ml(400g)注ぎます。かためが好きなら380ml。やわらかめが好きなら410mlから420mlと、好みで調整します。
このまま冷蔵庫に入れ、1時間ほど浸水させます。30分浸水させれば80%程度は終わるので、時間がなければ30分でも大丈夫。僕もふだんは30分くらいで炊いちゃいます。
前日に洗ってひと晩入れておいてもいいです。蓋ができる保存容器などに入れて、冷蔵庫に入れておくと良いですよ。
ーー浸漬なしで鍋炊きすることがけっこうあるんですが、やっぱりしたほうがいいんですね。
樋口:そう、浸漬は大事です。お米の炊き方って、僕も含めてみんないろんな方法やコツを紹介してるんですが、とにかく水を吸わせるのが一番重要。浸漬させないでうまく炊く方法があるなら知りたいくらいです。
樋口:これが完了の状態。お米が白くなってますね。
【炊く】中火〜強火で沸騰させ、弱火に落として10分待つ
樋口:浸漬が終わったら米と水を土鍋にうつして、中火にかけます。冬は強火でもいいです。ふきこぼれが心配な方は、蓋をあけて中を見ておくといいです。
ーー蓋をあけると水分が蒸発して少なくならないですか?
樋口:いや、大丈夫です。水って100℃になってから蒸発していくんですよ。沸騰するまではそんなに減らないです。
ーーどれくらい沸騰したらいいか、完了のサインってありますか?
樋口:この、鍋の縁だけに泡が出てる状態。これはまだ沸いてないんですよね、これだとまだまだぬるいんですよ。80か90℃ぐらい。
樋口:これくらい、泡が対流して中央に入ってきたらOKです。ふたをして弱火にし、10分待ちます。8分でも炊けるんですけど、10分がおいしい。
ふたをすると溢れてくるんですが、この部分がおねばです。これがおいしさなので、吹きこぼれないようふたをずらします。
しばらくすると、水分が減ってくるのでふたを戻します。もう溢れません。
【蒸らし】火を止めて5分間蒸らす。時間短めがポイント
樋口:10分加熱したら火を止めて、5分蒸らします。従来だと10分ぐらい蒸らすんですが、僕はおいしさのピークって5分蒸らしくらいだと思います。
ーー蒸らし短めがおいしいっていうのは……?
樋口:お米って98℃で20分加熱すると食べられる状態になると昔から言われているんですが、もっと短くていいんじゃないかというのが僕の説。
おいしいポイントは20分より手前にあるんじゃないかと。蒸らしが完了する前の段階が一番おいしいと思ってます。外側におねばがあって、甘くて、熱いっていう。今日はそこを食べてもらいます。
【完成】蒸らし短め&混ぜないで食べる、がめちゃくちゃおいしい!
樋口:はい、ごはんが炊けました。
ーーわー、ピカピカのごはん!!
樋口:ごはんの上の方におねばがあって、下にはないので、ふだんは混ぜて均一化するんですが、今日は均一化する前の段階で上だけすくって食べます。これがたぶん一番おいしいんです。
樋口:はい、食べてみてください。
ーー熱い!でもそれがおいしい! 甘みもしっかり感じます。やわらかいけど粒にハリがあって立ってる。ふだん食べてるごはんよりやわらかいけど、やわらかすぎない絶妙な加減です。
樋口:ごはんの表面でも、鍋肌に近いドーナツ状の部分が一番おいしいんですよ。おねばがあって甘い。そこだけを食べる贅沢な食べ方です。
ーー蒸らしの途中で開けて食べるのは炊飯器には無理なので、土鍋ならでは食べ方ですね。毎日このクオリティのごはんが食べられたら最高なんですが、家で再現するときのコツってありますか?
樋口:おいしいごはんにありつくには、いつもきまった量を炊くってけっこう大事です。同じ量を同じ鍋を使って炊く。それで水の量を10ml単位で調節すると、理想のごはんがみつけやすいと思います。
これからの炊飯は、鍋炊きがいい
樋口:最近、鍋炊飯がいいなと思ってる理由がひとつあるんです。それは、お米がどんどん大粒になっていること。この10年ぐらいの新品種って、みんな粒が大きいんです。そうすると、自分で浸漬時間や炊き方を調整していかないと、なかなか思い通りのごはんが炊き上がらない。だから鍋炊きがいいんじゃないかと。
あと、ごはんを炊くメカニズムって炊飯器より鍋で炊いたほうがわかりやすいので、キャンプで飯盒炊飯でもいいですし、一度は炊いてみてメカニズムを理解しておくといいですね。
まだまだ知りたい。土鍋・炊飯にまつわるQ&A
土鍋や炊飯について、気になる疑問についても樋口さんにお聞きしました。マニアック(?)な内容もありますが、すごく納得のお話だったので、長くなりますがご紹介します。
Q.IHでの炊飯に、土鍋は向いていますか?
A.向いていない。金属鍋(鉄鍋)のほうがおすすめ
樋口:IHに関しては、そんなにデータをとっていないのではっきりしたことは言えないので、原理ベースに説明します。
IH用の土鍋ってたいてい、鍋底の中に金属板が入っていて、それが熱せられることで鍋の中の水分が熱せられるという仕組みなんですね。
鍋自体が熱くなるわけじゃないので、側面が温まるのにやや時間がかかるんですよ。ですから、原理的にはIH用の土鍋で炊飯することにはあまりメリットがない。
IHで鍋を使ってごはんを炊きたいなら、鍋全体が熱くなる金属鍋の方がいいです。アルミは使えないので、必然的に鉄やステンレスっていう選択肢になりますね。土鍋はあまりおすすめしません。
Q.電子レンジでの炊飯に、土鍋は向いていますか?
A.土鍋をあえて使うメリットはない
樋口:電子レンジの場合、水が温まることでお米のデンプンに火が入るという原理なので、外側の容器が土鍋だろうとプラスチックだろうと、米の炊きあがりにはあまり影響しないと思います。レンジ炊飯で土鍋を使うメリットはないですね。
Q.玄米を炊きたいなら土鍋が向いてる?分づき米は?
A.玄米を土鍋で炊くのはやや難しい
樋口:玄米を炊くのに土鍋が向いている、ということは特にありません。玄米を土鍋で炊くのはちょっと辛いんですが、分づき米であればおいしく炊けます。僕のおすすめは三分づき(糠層を30%除去したもの)ですね。玄米っぽさも感じられますし、おすすめです。
Q.冷凍してもおいしいごはんを炊くならどの道具がいい?
A.道具よりも「浸漬時間」が大事
樋口:冷めた後のおいしさを保ちたいなら、道具というよりむしろ浸漬時間の方が問題。冷めた後の味に最も大きく影響するのが「浸漬時間」だからです。冷凍ごはんにする、冷ごはんを食べる、チャーハンにするといった場合は、ちゃんと吸水させたほうがおいしい。どんな道具の場合も同じです。
道具を選ぶとすれば、沸騰までに時間がかかるぶん浸水時間が長くなる土鍋や鋳物鍋など熱伝導が悪い鍋のほうが向いています。
Q.焼き物の種類(伊賀焼・万古焼など)で仕上がりの味は変わりますか?
A.大きく影響することはなさそう
樋口:伊賀焼、万古焼の土鍋が私の手元にあって、計測したんですが、焼き物の種類で大きく熱伝導が変わるということはなかったですね。
Q.日本料理店で炊飯に土鍋が使われるのはなぜ?
A.いろいろな歴史と背景あり
樋口:もともと、土鍋で炊飯するっていう習慣自体が生まれたのが平成に入ってからなんですよ。大昔の話をすると、明治〜昭和初期の日本料理店では料理人はごはんを炊かなかった。ごはん炊くのは女中さんの仕事であって料理人の仕事ではなかったんです。
でも、これだけガスが普及して、世の中のごはんがおいしくなって、炊飯器が普及すると、料理店も適当なごはんを出すわけにはいかなくなるし、日本料理はやっぱりお米を中心にした料理なので、差別化も含めてちゃんと考えなければいけない。そこでおいしいごはんを炊くために、料理人が工夫をしはじめ、行き着いたのが土鍋なんでしょう。あとは、お米の品質が良くなったんで、細かく炊き分けする意味が出てきたということもありますね。
ただ最近では「土鍋は逆に良くないんじゃないか?」という意見も増えていますね。それは揺り戻しのようなこと。 また、土鍋が評価される時も来るだろうし、今は金属鍋がいいんじゃないかっていう人もいるっていう。だから、今この時点でいいか悪いか判断するのは全然意味ないので、それぞれ良し悪しがあるってことですね。
写真:矢野宗利、構成・文:佐々木智恵美