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本記事はROOMIEらしいレビューを含んだ、短編小説・第3話です(全3話)。

<前回までのあらすじ>
都内の食品メーカーで広報として働く29歳の小春。
家にいる時間が増えた今、フットワークが重く“諦め癖”がついていることに悩んでいた。
しかし後輩の青山くんの影響で、少しずつ気になることに挑戦ができるようになる。今回チャレンジするのは……?
第1話はこちら|「りんご箱」を使ってDIYデビューした話
第2話はこちら|100円ショップの鉢で、「グリーンのある暮らし」をはじめた話

ーーイベントの進行どう?

澪からのLINEに「大変だけど今のところ順調だよ」と素早く返事をする。

明日の社内会議で使う資料をもう少しブラッシュアップしておきたい。半分以上電気が消えているオフィスで、キーボードを叩く。

秋も深まった頃。上司から「新商品のイベント企画のメンバーに抜擢した」と言われて、とても嬉しかった。

気になっていた商品の企画に携われるだけではなく、サブリーダーとして他のメンバーを引っ張る役割でもあるのだ。久しぶりの大型案件に、やる気がみなぎる。

このところ、職場の上司や同僚から「雰囲気が変わった」「明るくなった」と言ってもらえる機会が増えた。

最初は「なんでだろう」と思っていたけれど、澪に「いろんなことに挑戦してるからじゃない?」と言われて納得した。

りんご箱に大葉栽培に、行きたかったお店や食べたかったもの。ここ数ヶ月の私は、「やってみたかったこと」に積極的にチャレンジしている。

好きなことや興味があることに挑戦していると、表情や雰囲気さえも変わるようだ。数ヶ月前の自分と比べ、確かにポジティブになったし、エネルギーが増しているように思う。

ーー順調でよかった。でも小春は頑張りすぎるから適度に息抜きしなよ。食べたいもの食べるんだよ〜!

長い付き合いだからこそ、澪は私をよくわかっている。「はーい」と返事をして、パソコンに向き直った。

「小春さん、ちゃんと休めてます?」

定時が過ぎてもパソコンと睨めっこしている私に、隣から声がかかった。

ちらりと横を見ると青山くんが「どうぞ」とカフェオレの缶を私のデスクに置いている。

「ちょっと休憩したらどうですか」

「わ、ありがとう」

時計を見るとあっという間に21時を過ぎていたので驚いた。

イベント会社に送る資料を作っていたらこんな時間になってしまった。今日こそ早く帰ろうと思っていたのに、つい作業に没頭し過ぎてしまう。

企画のメンバーに抜擢されたのが嬉しくて、できる限り貢献したい。残業はよくないかもしれないけれど、まだ体は元気だし集中力も続きそうだ。もう少しだけやって帰りたい。

「頑張りすぎですよ」

「えー? そんなことないよ」

カフェオレのお礼を伝えて、デスクの引き出しの中からビスケットを取り出す。

小腹が空いたとき用に、引き出しの中にはいくつかお菓子を常備している。

本当はコンビニで晩ごはんを買いに行けばいいけれど、買いに行くことすら今は億劫だった。「今日くらいならいいや」と、ここ数日は何回もお菓子でお腹を満たしている気がする。

そういえば、この間できたニキビが全然治らない。

「夢中になるのはいいですけど……。ちゃんと休む時間も作らないとダメですよ」

「昨日も残業してましたよね?」と言いながら、青山くんは自分のデスクの片付けを始める。部署にはもう、私と青山くんしかいない。

「キリのいいところまであと少しだから、終わったらすぐに帰るよ」

「小春さん、僕と一緒に帰りましょう」

ノートパソコンをパタンと閉じて、青山くんは立ち上がった。

一緒に帰るように促されているけれど、私はもう少しやりたかった。青山くんが一人で帰ればいいのに。

「私はもう少しやるから、先に帰ってて」と返事をしても「今日は終わりましょう」と言われるだけ。

普段の青山くんは人に対してあれこれ言うタイプではないのに、今日はどうしたのだろう。

「そんなこと言うの珍しいね」

「企画が始まってから、小春さん頑張り過ぎですよ。頑張るのはいいですけど、ご飯食べるのも疎かになってますよね」

青山くんは最近の私の様子について指摘をする。

昼休みもパソコンに向かっていること。

残業をしがちなこと。

お菓子を食事代わりにしていること。

「次は何をしようかな」と雑談しなくなったこと。

ゆっくりとお茶を飲まなくなったこと。

「もっと息抜きしてほしいです」

なんで青山くんにそんなこと言われないといけないのだろう。私はまだ「元気だ」と言っているのに。

「わかったって。ほっといてよ!」

思わずそんな言葉が溢れてしまって、ハッと我に返る。

私を心配して声をかけてくれたのに、冷たい対応をとってしまった自分に激しく後悔する。小さく「ごめんなさい」と言ったけれど、大丈夫だろうか。

しばらく沈黙が続いたあとに、青山くんが口を開いた。

「僕、前の支社で3ヶ月休職してたんです」

休職? 

青山くんが?

予想していなかった言葉に顔を上げると、青山くんは少し寂しそうな表情を浮かべていた。

「といっても何年も前だから、この支社で知ってる人はほとんどいないと思いますけど」

いつもアクティブでフットワークの軽い青山くんからは、休職していた様子が想像できなくて、なんて返事をしようか迷ってしまう。

以前澪が私の部屋で、青山くんのことを話していたけれど、そういうことだったのか。

隣の席で一年以上も一緒に働いているのに、私は彼のことを全然知らない。

「異動したばかりで『頑張らなくちゃ』と思いすぎてたんですよね。休日も仕事ばかりで、好きだった趣味は全部後回し。気がついたら朝起きれなくなってました」

「……そうだったんだ」

「仕事を一生懸命頑張るって、めちゃくちゃ素晴らしいです。でも、同じくらい自分を大切にする時間も作らないと、きっとどこかでしんどくなる」

少し遠くを見つめている姿は、当時を思い出しているように見えた。

「小春さんの頑張ってる姿を見て、ちょっとだけ昔の自分と重ねて心配になっちゃいました。お節介ですみません」

青山くんはそう言って、小さく笑った。

どんなときでも明るく爽やかに対応してくれる青山くん。

それが彼の全てだと、どうして私は思っていたのだろう。

山に登るのも、キャンプに行くのも、カメラも、観葉植物も単なる“多趣味”ではない。

これは彼にとって、自分を健やかに保つために必要なことだったのかもしれない。

好きなことや興味があることに挑戦する時間は、モヤモヤしたり落ち込んだりしてしまう自分を、掬い上げる力があるのだ。

それを私に教えてくれたのは、青山くんじゃないか。

「……今はもう平気なの?」

「もちろん。超元気です」

「よかった」

にっこりと笑う姿に、一気に力が抜けた。

もらったカフェオレを飲んでみると、優しい甘さがじんわりと身体中に巡っていくような気がした。

イベントは全力で頑張るけれど、好きなことや興味があることに挑戦する気持ちは、どんなときでも忘れないでいたい。

「よし、帰るか」

パソコンをパタンと閉じて立ち上がると、青山くんは少し驚いた様子を見せた。でもすぐに「ラーメン行きましょうよ」とニヤリとした。

「こんな時間に食べたら太るんですけど」と文句を言ってみたけれど、聞こえないフリをされたようだ。

**

青山くんと駅で別れ、タイミングよく来た電車に乗った。

遅い時間なこともあり、乗客は少ない。電車に揺られている間、ぼんやりと「やりたいこと」に思いを馳せてみた。

せっかくだから、何かリラックスできるようなことをしたい。

ぐるぐる考えているうちに、先日テレビで見た「ラムレーズン」を作りたいと思った。

果実酒やシロップ漬けなど、保存食を作るのには昔から憧れがあったのに、なんとなく面倒になって手を出さずにいたのだ。

ラムレーズンは昔から大好きだし、それが量産できるなんて最高じゃないか。

紅茶を淹れておやつの会を開いてはどうだろう。

一度思い浮かぶと早速やりたくなった。

最寄駅に到着すると、遅くまで開いているスーパーへと駆け込んだ。

時刻はもう24時。

さっさと寝たらいいのに、ラムレーズンの作り方は非常に簡単だそうで、仕込みだけでもやっておこうと腕をまくる。

用意するのは、保存用の瓶とレーズン。

マイヤーズ ラム オリジナルダーク

それとラム酒だけ。

自家製「ラムレーズン」

ラムを注いで寝かすだけ。「自家製ラムレーズン」

まず使用する瓶を煮沸消毒する。

レーズンはラム酒がよく馴染むように、オイルコーティングがされていないものを使用するのがおすすめだ。

しかし、近所のスーパーではオイルコーティングされたレーズンしか見つからなかった。

「でも大丈夫」

ラムを注いで寝かすだけ。「自家製ラムレーズン」

その場合は、鍋にお湯を沸かしてレーズンを30秒〜1分ほど茹でればいいそうだ。

茹でたらキッチンペーパーで水気をきる。

ラムを注いで寝かすだけ。「自家製ラムレーズン」

ラムを注いで寝かすだけ。「自家製ラムレーズン」

瓶の6〜7分目までレーズンを入れて、レーズンがヒタヒタになるくらいまでラム酒を注げば完成だ。

ラムを注いで寝かすだけ。「自家製ラムレーズン」

しばらくするとレーズンがラム酒を吸って膨らんでいくので、全てのレーズンが漬かるように、適宜お酒を足していく。

数日寝かせれば、風味豊かな自家製ラムレーズンが完成!

保存瓶で何かを作る経験がなかったので新鮮な気持ちだ。

「自家製」というだけで美味しさが増すような気がする。

最近はコンビニやUber Eatsばかりで食事を済ませていたので、久しぶりの“作る”感覚に嬉しさが込み上がってきた。

「りんご箱を作ったときの感覚に似てる」

週末にはラムレーズンを使って、ゆっくりとおやつの時間を楽しんでみようかな。

ご無沙汰していたワクワク感が蘇ってきた。

***

土曜日の夜。

早めに家事を終わらせて、お風呂に入り、スキンケアを完了させた。

今日はパソコンを開けずに、リラックスした時間を楽しもう。

ラムを注いで寝かすだけ。「自家製ラムレーズン」

レーズンが入った瓶のフタを開ける。ラム酒の香りが広がっていき、幸福感が私の心を満たしていく。

私は今から夜のおやつを食べようとしている。

早い時間ではあるけれど、日が暮れてからガッツリと甘いものを食べるのはどうなんだろう。

もう一人の私が「よくないかもよ」と囁いているけれど、今日はとことん自分を甘やかしたかった。

ラムを注いで寝かすだけ。「自家製ラムレーズン」

自家製ラムレーズンをたっぷり入れたホットケーキ。トッピングにはラムレーズンのアイスをのせる。

ラムレーズンづくしで心が躍った。

ラムを注いで寝かすだけ。「自家製ラムレーズン」

一口食べると、じゅわっとレーズンからラム酒が溢れてきた。

口いっぱいに広がるラムの風味に「う〜ん」と幸せな声が出た。自家製ラムレーズンホットケーキ、大成功かも。

ある程度食べすすめた後、冷蔵庫で冷やしていたラムレーズンバターサンドを数枚取り出す。

ラムを注いで寝かすだけ。「自家製ラムレーズン」

バターとホワイトチョコレート、ラムレーズンを混ぜ合わせたクリームをクッキーに挟んだだけ。

とても簡単なのに、お店で販売しているような贅沢な美味しさを堪能できる。

ノンカフェインの紅茶を飲みながら、可愛くできたラムレーズンホットケーキの写真を青山くんに送ってみた。

週末におやつの会を開くことを伝えていたから、突然送ってもいいだろう。

今度澪にも自家製ラムレーズンを勧めてみようっと。

たった数ヶ月だけど、Uber Eatsを頼んでNetflixやYouTubeをダラダラと見ていた私から、少しだけ変われたように思う。

先延ばしにする癖が完全になくなったわけではないし、全てがうまくいくわけでもない。

今回のように青山くんに気がつかせてもらうこともあるけれど、私の気持ち次第で毎日が楽しくなるのがよくわかった。

暮らしにちょっとした変化は、誰にだってつけられる。

なんだって「やってみよう」と思えばできるんだ。

ホットケーキを食べ終わると、少しアルコールが回ったように感じた。

欲張って、生地にラムレーズンを入れすぎたのがいけなかったかも。でも、私らしくていいなと思った。

ピコンとスマホが鳴る。多分青山くんだ。でも今はもうしばらくこの余韻に浸っていたい。

次は何をしようかな。やってみたいことがたくさんある。

▼小春が使用したアイテム

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