Étoile

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ある日あるとき出会った文章や言い回しが、なぜだか脳裏に焼きつき、その後折々の場面で思い出されることがあります。

そういうきらめきの瞬間、言葉たちに、今まで何度も出会ってきました。それは人生における大きな喜びのひとつです。

これからご紹介する3冊も、そんなきらめきの源です。

自分の“好き”だけを詰め込むノート

『すき好きノート』 谷川 俊太郎著、安野 光雅装画 (アリス館、2012年)

『かっぱかっぱらった』『生きる』などの素晴らしい作品群で知られる、日本を代表する詩人・谷川俊太郎さん。

この『すき好きノート』では、「いちばんすきなおかしは?」「好きな風景は?」など、谷川さんの語りとともに50の質問がなされます。どうして“すき”と“好き”、わざわざ2つのかな遣いで書いてあるかというと、左から開いた時と右から開いた時で本の印象がまるで違うから。

子ども用の『すきノート』は、谷川さんが子どもたちに話しかけるように、1ページにひとつ・全部で25の質問が書かれています。大人のための『好きノート』には、谷川さんが自身の好きなものに言及。エッセイ風に楽しむこともできます。

反対側から開くと大人のための『好きノート』になっている(もちろん子どもにも)

絵や文章、写真の切り貼りなどで思うまま書き進めていけば、世界に1つだけの「すき/好きなもの」を詰め込んだノートになります。中には「好きな年齢」「すきなおばけ」など、今まで考えたこともなかったような質問もあり、あらためて自分を見つめることができそう

マイナスの感情に引っ張られてしまうことの多い今、“好きなこと”を思い出すことで少しでもほがらかな気持ちを保てるのでは、とわくわくしながら本棚に楽しみにとってあります。子どもやパートナーと一冊ずつ書き綴り、交換して見せ合えば、相手をより深く知ることにも繋がりそう。

すてきってこういうこと

『すてきなあなたに』 大橋 鎮子著 (暮しの手帖社、1988年)

戦後まもなく刊行がスタートした歴史ある生活雑誌『暮しの手帖』。その共同創刊者である大橋鎭子(おおはししずこ)さんが、1969年から連載を始めたショートエッセイが『すてきなあなたに』です。

出会いはたまに行くカフェの本棚。偶然見かけて迷わず手に取りました。『すてきなあなたへ』などという、とびきりのセンスを持ってタイトルを付ける方のエッセイというものはどんなだろう、すてきでないはずがない、と思ったからです。その期待は裏切られず、熟読した後、カフェを出て数分後には5巻までおまとめ購入していました。

旅先での心にふれる出会い、街角で聞いた会話、おしゃれなスカーフの巻き方、一番おいしいアンチョビの食べ方……などといった生活のちょっとした彩りを、めくるたびに嬉しくなってしまうような、大変みずみずしい文章で綴っています。文具店で本の裏表紙に貼り付けることのできる付箋を購入し、心に留まった箇所にマークしていくことにしたのですが、すぐさま付箋であふれてしまいました。こんなエッセイははじめてです。

なんでもないものをなんでもあるものへ

『とるにたらないものもの』 江國 香織著 (集英社文庫、2006年)

3冊目は、敬愛する女流作家の江國香織さんによるエッセイ『とるにたらないものもの』です。

頻繁に触れるけれど、取り立てて考える対象として見たことのないようなものたち(たとえば固ゆで玉子、石けん、下敷き)などがひとつひとつピックアップされ、著者ならではの胸のすくような文章で、丁寧に思い入れが綴られています。

なんでもない身の回りのものをあっという間に“とるにたるなにか”にしてしまうたぐいまれな観察眼と視点、少女と大人が混在する、作家自身を投影しているかのような文体、漢字とひらがなとカタカナの巧みな使い分け。そのすべてがまぶしく、しばしば読むことを止め、目をつむって味わいます。

一筋縄ではいかないのがいい

“小さなことに幸せを見出す” “毎日を特別に”というコンセプトや、それを取り上げたエッセイは、正直いかにもクリシェで月並み、少し気恥ずかしくさえある、と思っていました。

しかしながら、上に取り上げた3冊はそういったコンセプトをちっとも押し付けがましくなく、それぞれの世界観たっぷりに、悠然と語っているのです。

そう感じるのは、たまにピリリとしたブラックユーモアや皮肉が挟み込まれているからでしょうか。おだやかな世界を語りながら、時たまやはり世界を構成する色は薔薇色のみではないと思い出させてくれる、そのバランスも素晴らしいです。

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大きなイベントごとを常に発生させ続けるのは難しいけれど、日々の生活に小さな幸せを見いだすことで、日常にスパイスをかけることはできる。ちょっとした緑を見つけては愛でたり、物語のある雑貨を手にしたり、気持ちのいいものを身につけたり、そんなことを大切にしていきたいと思っています。一番好きなスパイスはシナモン。

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