ROOMIE編集部

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流行りのブランドには理由がある。

しかし着るだけでは伝わらないデザイナーの想いと、その先にあるものを知ることで、ブランドをもっと好きになれるはず。

日本発のパンツ専業ブランドNEATのデザイナー・西野大士さんは、その着こなしだけでなく、そのライフスタイルもしばしば取り上げられるファッショニスタだが、彼の本当の魅力はその人柄。意外な前職と、いま思う、未来の姿について語ってもらった。

量産するつもりのなかった個人オーダーのパンツ

NEATデザイナーの西野大士さん

セレクトショップや大手百貨店ではインコテックス、PTトリノ、ジャブスアルキヴィオなど、パンツ専業ブランドが人気だ。

先の3つのネームはどれもイタリアのブランドだが、日本にもパンツ専業を謳う人気ブランドがある。それがNEATだ。

NEATは2015年に西野大士さんが立ち上げたブランドだ。便宜上デザイナーと呼ぶが、西野さんはデザイナーともディレクターとも違う。それは、ブランドのスタートに由来する。

もともとブランドとして始めたわけじゃなくて、自分が穿きたいパンツがなかったので、知り合いにオーダーで作ってもらったのがきっかけなんです。形も決まった型で、量産することも考えてなかったので、ブランド名も考えていませんでした。

西野さんは、NEATを手掛ける一方でアタッシェドプレスとして、多くのブランドPRを請け負う「にしのや」の代表でもある。彼の前職は、ブルックスブラザーズのプレス担当だ。

NEATの新作パンツ

NEATのS/S新作のサマーコーデュロイを使った短パン30,800円(税込)/にしのや TEL.03-6434-0983

独立して、まだ個人でプレス業務を請け負ってた頃、自転車通勤してたんですが、それまでのクラシックなスタイルが自分のライフスタイルに合わなくなってきたんです。

スニーカーやサンダル履いて、自転車漕ぐのにちょうどいいけど、スキニーないわゆるサイクルパンツじゃなくて、少し上品で普遍的なこれからもずっと穿きたい型が欲しくて、ちょっと太めのワイドパンツとテーパードパンツを知り合いの職人さんに2型作ってもらったのが始まりでした。

完成したパンツを、アパレル関係の友人に披露したところ、数名から「俺のも作ってよ!」と声が掛かった。中には「展示会やってみたら?」という声も

そう言われて、展示会? って思いました。前職はインポートブランドの日本支社だったので、メディア関係者向けのシーズン展しかやったことがなく、メーカーが卸先に向けた買付けの場として展示会を開催していることを知りませんでした。

展示会に新作のサンプルを並べて、バイヤーが買付けて、それから生産に入るっていう仕組みがあるらしいと知って、それじゃやってみようってことで2型5素材で展示会を開いたんです。

NEATデザイナーの西野大士さん

ブランドの元プレスという職業柄、展示会には多くのメディア関係者を集めることができたが、セレクトショップとの付き合いがなかったためバイヤーを集めることはできなかった。

それでも友人・関係者に49本の発注がついたという。10SKUでスタートしたファーストシーズンとしては上出来の数字だろう。

で、実際に生産に入らなくちゃというとき、僕がお願いしていた職人さん1人に49本縫ってもらうのはさすがに無理で。

そうしたら運のいいことに、飲み友達にたまたまOEMを請け負う会社の人がいたんです。それまで友人ではあったけど、何をしている人なのかわからなかったヤツが(笑)、生産面をバックアップしてくれることになって、無事納品することができました。

ハンガーに型押しされたブランドネーム。ファンは海外へも拡大中だと言うが…

口コミで広がっていったNEATの噂は、やがて全国へ。いまでは36店舗に卸し、青山にはオーダー専門店NEAT HOUSEを開くまでに成長した

香港、台湾にも取扱いショップがあり、韓国・ソウルには現地の熱烈なファンから、ぜひにと声が掛かりオンリーショップを開くことができた。海外進出からNEATの未来が大きく開けてみたかに見える。

だが、しかし西野さんはブランドを拡大していくつもりはないという。

自分が穿きたいパンツを、自分の目の届く範囲で作って、そして売っていけるぐらいでいいかなと思っています。

求められたものを求められただけ作ったり、みんながイイねっていうものを作ろうとすると、自分の好きなものじゃなくなっていきますよね。

一番最初にパンツを作ったとき、自分の欲しいものを作ったスタンスは守っていきたいと思っているんです。

諦めきれなかったファッション業界への想い

NEATデザイナーの西野大士さん

実はブルックスブラザーズに入る前、西野さんは郷里の淡路島で小学校教員を務めていた。

高校を卒業したらファッションの世界に進みたいと思っていたが、ともに教員だった両親の勧めもあり、一旦は教員免許を取得し地元の淡路島で小学校教諭として2年間勤務していた。

小学校の先生の仕事は、とても楽しかったし有意義でもありました。

同世代のなかでは給料も良かったし、実家暮らしだったので毎週末、神戸や大阪に服を買いに行けました。古着が大好きだったんです。

でも1年後には、どうしてもファッション業界に行きたいという気持ちを抑えることができなくなっていました。

教員生活2年目、校長先生に率直に気持ちを打ち明けて、勤務時間が終わるとすぐに学校を出て、2時間半かけて大阪のファッション専門学校へ通うことにした。

1年間、小学校教員と専門学校生という二足のわらじを履き、翌春には初めて授業をした子どもたちの卒業を見届けると、自身も短い教員生活を卒業した。

そしてブルックスブラザーズに入社したことで、ようやくファッション業界へ転職を果たす。

NEATデザイナーの西野大士さん

最初は店舗で販売職。プレスという業務がやってみたくて異動願いを出し続けたら、願いが叶って東京へ。

でも蓋を開けてみると、当時は社内にプレスという部署はなく、店舗販促を中心としたマーケティング部販売促進課への異動でした。その部署でプレス業務らしきことをやっていた、という程度だったので、どういう仕事をすればいいのかわからない。

それでビームスの土井地さんに話を伺いに行ったんです。

じつは就職活動中、ビームスのプレスアシスタントの面接で不合格となっていたのだが、そのときの面接官が当時ビームスのPR宣伝担当、現在は執行役員を務める土井地 博さんだったという。

そのたった1回の面識があるだけで、西野さんは再び土井地さんを訪ねた。

NEATデザイナーの西野大士さん

西野さんのトレードマークとも言えるキャップ。ブランド47とのコラボは即完売する人気アイテムだ。

雑誌でも、よく見る有名な方だったので、面接のときは緊張しました。

プレス担当になって上京したけど、ブルックスブラザーズではプレスの仕事がいまいちよくわかりませんでした。そこでプレス業界の有名人であり、面接試験で面識があったので、お話を聞きたいですとコンタクトを取ったんです。

一度は不合格にした相手が「今度、他社のプレスになりました」と会いにくるというのは、なんとも度胸のある西野さんだが、土井地さんは快く受け入れてくれた。

BEAMS執行役員の土井地 博さん

当時の西野さんを語る株式会社ビーアット 代表取締役、株式会社ビームス 執行役員 経営企画室グローバルアライアンス部 部長 兼 コミュニケーションディレクターの土井地 博さん
Photographed by Kosumo Hashimoto

当時のことを訪ねてみると「あのときのことは、今でも覚えていますよ!」と土井地さんはいう。

初めて会った時は、小学校の先生をしていたと聞いて、年上かと思いました(笑)。

話してみると非常に熱心で、本当に洋服が好きなんだなぁと感じました。私自身、23歳でプレスに抜擢され、がむしゃらにやっていた事もあり、話を聞いてあげたいと思えたんです。

そのときは、たしか、商品知識だけでなくお客様の心を掴むこと、相手の気持ちになって何を必要としているのかを感じ取ることが大事だと話した記憶があります。

その後は、うちのメンバーとも仲良くしていただいて、イベントやレセプションパーティーなど、いつも来ていただきました。

昔も今も、インプットとアウトプットを日々行い、常に楽しくおもしろい事をカッコよく、そして何よりも人柄でしっかりと仕事されていらっしゃいますね。

メディアで名の知れた土井地さんに直接アタックする西野さんも凄いが、西野さんの人柄をひと目で見抜いた土井地さんも流石といえよう。

NEATデザイナーの西野大士さん

土井地さんには本当にたくさんのことを教えていただきました。

あれ以来、たくさんのスタイリストさん、編集の方に自分から積極的に話しかけたり、飲みに連れて行っていただいたり、コミュニケーションをとらせていただいたおかげで、メディアの露出も増え業績を上げることができました。

土井地さんは僕のプレスとしての方向性を導いていただいた大恩人。いま思い返しても感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、いつかは故郷の淡路島へ

NEATデザイナーの西野大士さん

いま西野さんは、NEATの展開とともに20以上もの人気ブランドを抱えるアタッシェドプレス、そして個人としてもさまざまな分野に活動を広げている。

NEATの他にもうひとつ、60年代のヴィンテージユニフォームを再現したDRESSというブランドを昨年立ち上げました。道具としてのユニフォームとファッションを融合させたスタイルを提案しています。

ほかにもお声がけいただいたセレクトショップさんとコラボしたり。それとL’ECHOPPEのバイヤー金子恵治さん、HERILLのデザイナー大島裕幸さんと、ヴィンテージ古着を持ち寄ったフリーマーケットWEEKENDを不定期開催したり。

西野さん自身のファッションのルーツが古着にあるだけに、活動は原点回帰の傾向にあるようだ。それもそのはず、実は本人自身、将来は故郷、淡路島へのUターンを考えているという。

淡路島の祖父母の家が歴史ある古民家で、そこでお店をしたいと思っているんです。週末にしか営業しないとか、一ヶ月に1週間だけ店を開けるとか。

いつかは淡路に戻りたい。一度は出てきた故郷ですが、この気持ちは、ずっと捨てずにいるんです。

地元について語るときの西野さんは、人懐っこい子犬のように澄んだ目をする。自身のSNSにときどきあがる地元淡路島のトピックも、純粋な地元愛あってのもの。

いまや多くのメディアで取り上げられるファッション業界人だが、瀬戸内海で育った素朴な人柄こそが誰からも愛される彼の魅力の源なのだろう。

NEATの新作オーバーオール

NEATのS/S新作のオーバーオール。55,000円(税込)/にしのや TEL.03-6434-0983

深々と折った腰に見送られた取材の帰り道、通り掛かった小学校の校庭で遊んでいる子どもたちを横目に、西野さんが小学校教師のままだったら、淡路島で一番おしゃれで人気者の先生になっていたのではと、なんとなく思えた。

プレス展で商品解説している西野さんに、黒板に向かう西野先生がふと重なる気がした。

Text by Yasuyuki Ikeda Photographed by Junmaru Sayama

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