東京メトロ千代田線・湯島駅を中心に広がる湯島エリア。
神社や庭園、洋館などが点在し、美術館や博物館が集中する上野へも歩いて行ける文化や自然に恵まれたエリアです。
その湯島に移り住んだのが、おふたりで建築設計事務所を主宰している蟻川さん、村田さんご夫妻。
場所:東京都文京区湯島
面積:75㎡/1LDK+ワークスペース
購入金額:約6,000万円(リノベーション費用含む)
築年数:51年
一級建築士であるご夫婦が設計したお部屋は、住まいづくりのプロならではの技が散りばめられた、まさに圧巻といえる空間でした。
お気に入りの場所
ゲストルーム+L型ワンルームに分けられる、田の字型のリビング
お部屋の南側にあるリビングにお邪魔すると、目に飛び込んでくるのが天井と床を十字に仕切る鴨居と敷居。
実はこれ、建具を動かすためのレールなんです。
「田の字型プラン」と名付けられたこのお部屋、仕切ってみるとこんな感じに。
さまざまなお部屋を取材してきましたが、リビングをここまで大胆に仕切ることのできるお部屋を見たのは初めて。
蟻川さん、どうしてこのようなつくりにしたのですか?
「日常的に間取りを変更できるようにするためです。人が滞在できるゲストルームになったり、将来的には子ども部屋にもなったりと、リビングに複数の役割を持たせられるように設計しました」(蟻川さん)
「間仕切り感が強く出ないよう、建具の素材は下にラタン、上に中空ポリカ板を使っています。
上下で素材を分けることで風の通り道を作りながらも視線を遮ることができ、圧迫感がありません。中空ポリカ板はプラスチックのような素材で、割れる心配もないんですよ」(蟻川さん)
子どもの様子が見える、対面式のキッチン
村田さんのお気に入りの場所は、キッチンハウスのカウンターが主役の対面式キッチン。
「蟻川とふたりで話し合いながら決めましたが、私の方がキッチンにいることが多いので、どちらかというと私の思いの方が強いかも。
例えば、『素材感が気に入っているけど、どうかな?』というように蟻川に相談しながら話し合って決めていきました」(村田さん)
カウンターの天板は、メラミンと人工大理石の2種類を使用。壁のタイルにも、長く付き合っていくためのこだわりが。
「壁のタイルは長く使って飽きないもの&つまらなくならないように揺らいでいるような色合いを選びました。
縦にタイルを貼り、目地をグレーにして汚れが目立たないようにしています」(村田さん)
事務スペース&寝室
廊下を通ってリビングの反対側にすすむと、事務所スペースと寝室、クローゼットが。
この北側のスペースは静かで、日差しも安定しているので仕事に集中できる環境なのだとか。
「ワンルームですっきりとした部屋であれば基本的にはどこでも事務所として機能するので、広さは15㎡ほどを確保しました。
実は、この場所を事務所として何年使い続けるか明確に決めていないんです。今後、スタッフが増えたときなどは事務所を移転するかもしれませんね。その時は、ここを寝室やウォークインクローゼットとして使う予定です」(蟻川さん)
事務スペースの隣にある寝室への入り口にも、将来的に扉をつけて子ども部屋にするそうです。
この家に決めた理由
住居と事務所の兼用が可能な物件として、ヴィンテージマンションを中心に探していた蟻川さん、村田さんご夫妻。中でも、神社や公園などに囲まれたロケーションのよさに魅かれて、この物件の購入を決めたそうです。
「南側に神社、北側に洋館や公園と、環境の二面性があって面白いロケーションだと思いました。
南北共に光の入りがよくて採光環境も安定していますし、北側はすごく静か。都心にいながら落ち着ける環境が気に入りました。
なおかつ部屋の真ん中に玄関があって、南北に部屋が分かれている。もともと事務所として使うことを想定していたので仕分けしやすいんです」(蟻川さん)
「ここは事務所としても利便性がいいですし、蟻川の実家が長野なので、上野駅までアクセスがいいのも帰省するときに便利なんです」(村田さん)
そして、2019年12月に購入し、フルスケルトンにしてリノベーション。緊急事態宣言の真っ只中、工事の人員体制や工期の変更などを経て、6月に無事入居できたそうです。
リノベーションのポイント
景色が楽しめるもとの構造を生かす
設計事務所を主宰するおふたりのこだわりが随所に感じられる住まい。リノベーションのテーマを伺いました。
「ここは昔から景色がよかったらしいんです。この景色が楽しめるようにと南と北に部屋をつくり、外廊下もなくしたという竣工当時の設計士の思いを知って、その50年前の思いを引き継ぐことも大事なことだなと思ったんです。
南と北に分かれている部屋の採光環境、眺望、通風などを考えると、広々としたワンルームにした方が居心地がよくなるんじゃないかと、仕切らずにオープンな部屋にしました」(蟻川さん)
空間を広く見せる工夫
建築士ならではのお話を聞きながらリビングを見ていたら、ひとつの違和感が。
そう、天井に照明が見当たらないのです。一体どこに……?
「天井にはしる十字の中にLED照明を仕込んでいます。この部屋の天井の高さが約2.25mと低いので、天井にはできるだけ照明や配線、配管を出さないように計画したかったんです。
配線回路を分けて、きちんとスペースごとに点灯するようにもなっています」(蟻川さん)
鴨居に照明を仕込むことで、明るさは保ったまま空間を広く見せるアイデアに、思わず舌を巻く取材陣。
しかしこの工夫は、照明だけでなく部屋の塗装にも表れていました。
「建具の高さに合わせて収納の塗装も上は白、下は杢に塗り分けています。こうすることで圧迫感や天井の低さなどを軽減することができるんです」(蟻川さん)
言われることでハッと気づかされるような、奥ゆかしい工夫が散りばめられたリビングです。
住居スペースと事務スペースを繋ぐ室内廊下には、ガラスの欄間も。
廊下をやわらかく照らす間接照明は、欄間の枠の中に隠されているのですが、これも空間を広く見せる工夫のひとつなのだとか。
残念なこと、気になるところ
眺望を生かしたしわ寄せが水回りに
「眺望を生かした分、そのしわ寄せが水回りにきています。普通の家は風呂、トイレの排気はベランダなど外にあるんですが、この物件はそれがない。
どこにあるかというと、キッチンの裏側に大きなダクトスペースがあって、それが屋上の巨大なファンに繋がっているんです。そのダクトスペースが部屋の中に3つあるので、お風呂やトイレなどの水回りを自由にレイアウトできませんでした」(蟻川さん)
お気に入りのアイテム
フランネルソファ
おふたり共通のお気に入りのアイテムは、リビングのフランネルソファ。
「窓が床から50cmくらいのところにあるので、眺望を生かす高さのソファを選びました。なおかつ、両側にひじかけがなく、寝ながらテレビが見れて、軽量なものを探しました。
ふたりで運べるくらいの重さなので、映画を見るときには90度回転してテレビに対して横に置き、映画を見ています」(蟻川さん)
スウェーデンから取り寄せた、ラタンの椅子
村田さんのお気に入りは、リビングのラタンの椅子。スウェーデンから取り寄せたそうです。
「建具と同じラタンのものを選びたかったのですが、日本のメーカーだと和風のデザインしかなかったので、インスタグラムやピンタレストからリンクを辿って結構探しました。机はイデーなんですが、それと色味が似ているものを買いました」(村田さん)
大学生の頃から使っているイームズチェア
蟻川さんのお気に入りは、15年ほど愛用しているイームズチェア。とても思い入れのある椅子のようです。
「大学に入った頃にアルバイトをして、いいものを買おうと思ったのがこのイームズチェアです。表参道の『hhstyle』で買いました。
大学の建築学科にいたとき、この椅子に座って宿題をやっていたんですよ」(蟻川さん)
ちなみにご夫婦は大学時代の同級生だそう。おふたりの歴史と同じだけ、この椅子もあるんですね。
暮らしのアイデア
レンタル倉庫を活用
お部屋に余分なものがなく、とてもスッキリと片付いているおふたりのお部屋。工夫されていることはあるのでしょうか?
「引越しの時に断捨離したこともあって荷物は少ないのですが、冬物などかさばるものは『サマリーポケット』を活用しています」(村田さん)
床置きエアコンを設置
天井の低さをカバーするため、住居スペースも事務スペースも床置きタイプのエアコンに。一般的な壁掛けタイプにはないメリットがあるのでしょうか?
「家具に近い感じで置けるので、部屋をスッキリ見せたい方にはいいと思います。あとは、下から暖かい空気が出るので、下半身が冷えやすい人におすすめですし、壁掛けタイプのエアコンと違って掃除もしやすいですよ。
ただ、賃貸だと設置コストが高いので厳しいかもしれません。工務店さんによっては設置OKかどうか分かれる可能性もあるので相談してみてください」(村田さん)
これからの暮らし
「今後、どういう家族構成になるか不明確なので、ゆとりというか、ちょっと調整白を残しておくというか。そのために柔軟に動けるようにと思って、この家を設計しました。
ここは景色がいいので、いざ手放す時に惜しくなる方が多いそうです」(蟻川さん)
「今、ミニトマト、ベビーリーフ、バジルを窓際で育てていますが、今後は植物をちょっとずつ増やしたいです。
あとは、いつか新築の戸建てに住みたいとは思っています。でもそれがいつになるか、どこになるかは未定です」(村田さん)
「柔軟性」がお部屋全体のテーマなのだと感じた、蟻川さん・村田さんの住まい。
用途や家族構成、ワークスタイルの変化などに柔軟に対応できるよう将来を見据え、余白を残しておくことは、将来につながる今の暮らしを快適にする上で大切なことなのかもしれません。
今後、事務スペースはどのように変化するのでしょうか。そのときにはまた取材させてくださいね。
Photographed by Kaoru Mochida
あわせて読みたい: