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ものごとへの価値観が大きく変わったこの1年。自分の暮らしや住まいについて思いをめぐらせる人も多かったのではないでしょうか。どう暮らすかというだけでなく、どこに住まうか ── そんな大きな選択に向き合った人も少なくないと聞きます。

今回お話をうかがったのは、フードディレクターとして活躍する川上ミホさん。2020年3月より、軽井沢をベースにした東京とのデュアルライフ(二拠点生活)を送っています。自然に囲まれた環境で暮らすなか、得られたのはより自分らしいシンプルな生き方、そしてより深い家族との絆。

この「前編」では、ふたつの住まいと家族との関わりについて。そして「後編」では、軽井沢を拠点にしたことで変わった料理への思い、新たに始まったサスティナブルな活動、そしてこれからのことについて聞きました。

セカンドハウスのつもりが、移住することに

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軽井沢に建てた川上さんのご自宅。2020年3月に引っ越したとき、あたりはまだ一面の銀世界だった。

川上さんが軽井沢で土地を探し始めたのは2018年のこと。そのときは生活の拠点を東京から他へ移そうとは考えておらず、以前からなじみがあった軽井沢にセカンドハウスでも持とうかという気持ちで物件を見てまわっていたそうです。

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思い描く理想の住まいに近づけるために、本などで建築を勉強し、自ら図面を引いた。

「せっかく軽井沢で過ごすなら、森の中に家を建てたい。せっかく森の中に住むなら、外が見えたほうが楽しいに違いない」という思いのもと、たどりついたのは大きな窓に囲まれた、仕切りのない空間。川上さん自らが図面を引きました。別荘エリアで人通りも少ないため、夜でもカーテンを開けたまま過ごすことも多いとか。

「リビングにいると、家にいるのか森にいるのかわからなくなるぐらい自然と一体化しています。寝室の窓も大きいので、満月の夜はまぶしくて(笑)。ただでさえ寒い土地なのに、仕切りのないガラス張りの家にしてしまったので、一番お金をかけたのは断熱材かな。窓もすごく分厚いんですよ」

ほどよいスピード感を楽しむ東京での暮らし

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週の半分を過ごすという東京の住まいも、中央にあった壁を取り払い、広々とした空間にリノベーション。

一方、1週間の約半分を過ごすのが東京の住まい。軽井沢の家が生活の拠点なら、東京の家は仕事の拠点。車でも新幹線でもアクセスしやすいことも、軽井沢への移住を後押ししました。

日帰りで上京することもあるそうですが、できるだけ家族で滞在し、その数日の間で取材や打ち合わせのアポイントを入れたり、お友だちに会ったり、気になっていたレストランに出かけたり。

軽井沢に引っ越してまもなく緊急事態宣言が発出され、しばらく東京に戻れなかったため、「3か月ぶりに上京したときは、あまりのスピード感に戸惑った」と川上さん。

「東京と軽井沢では、時間の流れ方が違うねってよく夫婦で話すんです。軽井沢にいると気持ちがゆっくりとリラックスできて、東京ではスピード感と刺激が得られる。半分ずつ過ごすことで、あくせくもしないし、のんびりもしすぎない、ちょうどいいバランスが保てているような気がします」

自由な発想で、森で遊ぶ。そんな体験をさせたかった

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はじめは雄大な自然に戸惑っていた長女ひのきちゃんも、今では自分なりの遊びやお手伝いを見つけられるまでに。

軽井沢を生活の拠点にしようと思った理由の大きなひとつに、4歳になる長女・ひのきちゃんのことがありました。

東京で通っていた幼稚園は、先生やお友だちにも恵まれて満足はしていたものの、園庭がなく、遊び場となっていたのは都会の真ん中にある小さな公園。真夏に汗を流しながらすべり台に列をつくるわが子の姿を見て「もっと広々とした環境で遊ばせてあげたいという思いは以前から持っていた」と川上さん。

「英語やアートなど決まったカリキュラムに沿って学ぶ東京の幼稚園に比べると、こちらは自由。『好きなことをして遊びなさい』と森へ放り出されて、娘もはじめは戸惑っていましたし、服が汚れることすらいやだったみたい。でも、今は外で遊ぶことが大好きで、今日も校庭に張ったスケートリンクで遊ぶんだって朝から出かけていきましたよ」

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最高気温が氷点下。空や木々、落ち葉でさえも、東京で知るそれとは違った表情を見せる。

川上さん自身、料理の道を歩むなかで、助けられたのは幼少期の原体験

「農業を営んでいた祖父母の畑で遊び、味わったとれたての野菜のおいしさや土のにおいの記憶に助けられることが多くありました。娘も今はとても得難い経験をしていると思います。自然が教えてくれることは計り知れませんから

頼って相談して、協力しながら軽井沢で暮らしていく

軽井沢に引っ越して、一番よかったと思うのは「子どもが幸せそうなこと」と川上さん。そして、夫婦の関係にも変化がありました。それは、何でも一緒に協力し合える“パートナーシップ”を強く感じるようになったということ。そのきっかけは、数年前に夫の川上シュンさんがかけてくれた、あるひと言にありました。

「娘を出産したあと、私は子育てに追われながら仕事も少しずつ再開し、夫は忙しくて海外出張も多く、ちょっとわだかまりを感じる時期がありました。私は人を頼ることがあまりうまくなくて、料理や家事もちゃんとやりたいし、子育てにも取り組みたくて、仕事の打ち合わせにも子どもを連れていったり……。一杯いっぱいになってしまったんでしょうね、怖い顔をしていたと思います(笑)」

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ひのきちゃんと遊ぶのは、クリエイティブディレクター、アーティストなどと幅広く活躍する夫の川上シュンさん。

そんなときに、かけてもらったのが「子どもをシッターに預けて、ふたりでランチでもしないか」というお誘いの言葉。

「もともと、何でも話せるフラットな関係だったのに、何か相談をしたくても彼は忙しいし、子どもを寝かしつけながら私も寝てしまったりして、ふたりでちゃんと話せなかったことが、私を一番苦しめていたのかもしれません。あらためて場をもうけて話すことで、わだかまりが解けていくのを感じました」

以来、数年が経った今でも、ふたりでランチをとる時間を作っているそうです。

「定期的な報告会、おすすめです。夫に対する不満も、そのときに話すようにしているのでケンカも減ったかな(笑)。家のなかだとヒートアップしてしまいそうなことでも、レストランだと人目もあって落ち着いて話せますし、おいしいものがあると場も和みます。私の話を聞こうとしてくれる夫には感謝しなければいけませんね」

何でも自分ひとりでやらなければいけないと思い込んでいたという川上さんに、「人に頼ってもいい」ということを教えてくれたパートナーの存在。

次回「後編」では、そんな後ろ盾を得た川上さんが新たに展開することになった活動や仕事、食のこと、そしてこの連載のテーマ「気持ちよく生きる」ということについてうかがいました。

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川上ミホ(かわかみ・みほ)
フードディレクター。国内外のレストランで経験を重ね、独立。シンプルながらストーリーのあるレシピとスタイリングが人気を集める。2016年1月に出産を経験し、徐々に仕事を再開。現在はフードディレクターとして雑誌連載、レシピ開発、ブランディングなど活動の幅を広げる。2020年3月より長野県軽井沢と東京に拠点を置き、アートディレクターの川上シュンさんと長女ひのきちゃんと3人で暮らしている。

写真提供/川上ミホさん

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