デパートの一角やセレクトショップの片隅、ネットショップに、SNS。昨今ではアクセサリーブランドが増え、私たちはその数多の中から選ぶことができるようになりました。
誕生日にもらったリングも、お守りがわりにと自分へ贈ったネックレスも、ジュエリーはいつだって身につけるだけでエネルギーをくれる「大切なたからもの」です。
一方で、ふと見渡すと目にはいってくるのは、大量に生産され、安価に消費されていくアクセサリーやジュエリーたち。
手が届きやすくなる点では、それらは必ずしも良くないとは言えません。けれども、そんな市場のなかで、作家さんたちはどうやって戦っているのだろうか……?
そんな疑問を抱きながら訪れたのは、昨年独立し、個人で作品の制作を進めるジュエリー作家「Emika Komuro」さんのアトリエ。

引用:公式サイトより
昨年の白金5丁目AWARD ジュエリークラフト部門では準グランプリを受賞、今年はジュエリーの祭典「New Jewelry」への出展も控えている小室さんの作品は、ドローイングをもとにした作品作りや七宝技法を使ったジュエリーなど、他では目にしたことのないものばかり。
日常的に楽しめるジュエリーはもちろん、一生をともにする結婚指輪の制作などその創作活動は多岐に渡ります。
独自のスタイルで道を切り開いてきた彼女からなら、何か答えが見つかるかもしれない。
現代のジュエリー市場でひとりのジュエリー作家が向き合っているのは、装飾としてだけではないジュエリーの新しい側面、そしてジュエリーが日常に寄り添う未来でした。
現代の作家に求められるのは「自分で売るスキル」
「Emika Komuro」として独立する以前は、オーダーメイドの結婚指輪ショップで働いていたそうですね。
「はい。完全にオーダーメイドの結婚指輪屋さんで、制作ではなくデザイナー兼接客をしていました。『今日はどんな指輪をお探しですか?』から話を始めて、時にアドバイザーになったり、デザイナーになったり、販売員になったり……。」
なぜその仕事を選ばれたのでしょうか?
「今は作家が直接お客さまに販売できる時代です。いつか独立することを考えたときに、お客さまと接してどういうものを求められてるのかを身を以て学んで、自分で売れるスキルも持たなきゃいけないかなと感じたんですよね。
その点で、お客さまの求めているものに合わせるという、ベクトルが違うことを学べたのはいい経験でした。」
ある意味で「売ること」を意識し始めた経験だったんですね。現在はアクセサリーブーム的な流れがあり、大量に生産され消費されている現状も無視はできなくなっているかと思うのですが、いかがでしょうか。
「アクセサリーやジュエリーの波が来ているのはいいことだし、いまって手作りで作って『作家です』って言うことができますよね。
だからこそ、その中で埋もれてしまわないように自分の芯をもちつつ、差別化していきたいです。」
具体的には、小室さんはどのような立ち位置で臨まれているのでしょうか?
「アートとファッションやブランドの間、『工芸的なジュエリー』みたいな立ち位置にいられたらいいなと今は思っています。
たとえば、コンテンポラリージュエリー(※)のようなあまり数は売れないけれども面白い世界があったり、ファッションとして楽しめるような手に取りやすいジュエリーを作ってる方もいたり……。」
※編注:作品性や作家性が高く、ギャラリーで扱われることも多いジュエリー。アートジュエリーと呼ばれることもある
「みんなすごいと私は思っていて。でも、どれが自分に合うか合わないかはやってみないとわからないじゃないですか。
そこで自分はどこに合うのかなと改めて考えたときに、もともと工芸をやりたかったことを思い出したんです。工芸ってアートでもなくデザインでもない、日本独特のクラフトと呼ばれる手工芸。日常のなかで使うものなんですよ。
誰かに使ってもらいたいし、日常のそばに私が作ったものが在ってほしいんです。」
誰かの軌跡の一部になるようなジュエリーを
作品性の強い“アートジュエリー”と、服装に合わせて装飾的に楽しむ“コスチュームジュエリー”、希少価値の高い素材で作られた“ファインジュエリー”など一概にジュエリーと言ってもさまざまな分類のある世界。そのどれにも寄らないようにされているんですね。
「あまり自分のいるコミュニティを限定してしまうのはもったいないのかなって。身につけやすいジュエリーがあってもいいと思うし、つけられないけど素敵なものを作ってもいいと思うし……。
私にとって大事なのは、それを日常に置いてもらえるかどうか。ジュエリーって世代を超えて受け継がれていくもので、結婚指輪が特にそうかもしれませんがずっと大切にしたいものじゃないですか。
あのときあの人にもらったとか、あのときこういう心境で買ったなとか……結婚指輪でもアートジュエリーでもつけやすいピアスやネックレスでも、誰かの軌跡の一部になれたら幸せなんです。
もちろんそれが賞を取ったり売れたりすれば嬉しいことですが、生活の一部としてのジュエリーになればいいなって。」
魅了されたアートジュエリーの世界
かつては美術大学の工芸科で学ばれていた小室さん。ジュエリー作家を目指すきっかけやタイミングが、どこかであったのでしょうか?
「実家が染色の仕事をしていて、ものづくりには慣れ親しんだ環境で育ちました。なので自然と、自分もそっちの方向にいきたいなと思っていて……。
デザイン科のある高校に通っていたのでデザインの勉強をしたり、絵を描いたりしていたのですが、あるときふと『私は立体を作りたくなるんじゃないかな?』と感じたことがあったんです。
でも『そうなるかもしれない未来』を考えたとき、何かを作るには技術が必要で、それは独学じゃ難しいと思ったんですよね。工芸科を目指すことになったのは、それがきっかけですね。」
工芸科といえどガラスや陶磁、テキスタイルなど専攻はさまざま。その中で小室さんは金工を選んだそう。ジュエリー制作を始めるまでの過程はどういったものだったんでしょうか?
「アクセサリーが元々好きでしたし、母がよくアクセサリーを作っていて家に小さいビーズなどがたくさんあったのが最初のきっかけですね。
決め手になったのは、アクセサリーとジュエリーの違いもわからない中、ある雑誌で『ジュエリー専門のギャラリー』があるのを知ったこと。そのときの自分の中ではジュエリー=ファッションとして楽しむものだったので、なんだろうこれはと思って。
実際に見に行ってみたら、すごく衝撃を受けたんです。コンテンポラリージュエリーと呼ばれるジャンルをそこで初めて知ったんですね。
ファッションとして楽しむためだけのジュエリーではない世界を初めて知って、工芸でありながらファッションでもありアートであるジュエリーの柔軟性が面白いなと感じました。ジュエリーの制作に進みたいなと思ったのは、そのときからですね。」
心がときめいた瞬間の「物質感」をかたちに
制作過程にドローイングがあったり、七宝技法をメインに使っていたり……。独自性のある現在のスタイルには、どのようにたどり着いたのでしょうか?
「大学2年生の頃から、ジュエリーの魅力に気づいたきっかけとなるギャラリーで働きはじめたんです。展示中の作家さんとお話しながらさまざまな作家さんの思考や大事にしているものを学んでいく中で、『自分にとってはなんだろう?』とずっと考えていて。」
作品を通してなにを伝えたいか、ですね。
「人と話してたり、きれいな景色を見たり、光が入ってきた瞬間に『ハッ』てなる瞬間ってあるじゃないですか。そういったときに自分の中に、何かが生まれるような瞬間を幼い頃からずっと感じていて。
その異物感、物質感みたいな違和感を何かしらのかたちで表現して、誰かとそうだよねと言い合いたいなっていうのがすごくあったんです。自分のなかにある違和感をがんばって掴む作業が、詩を描いている人は言葉だったり、ガラスやってる人はガラスだったりすると思うんですけど、私にとってはジュエリーだった。」

実際に作品の元となったドローイング
「ジュエリーの小さな物質に詰まっている濃密な魅力やエネルギー、想いが、自分のなかにあった掴みたいけど掴めない感情の質感と似ていることに気がついて。
その物質感を掴むために、ドローイングを挟んでいます。描きながら『こんな感じ、こんな感じ』とイメージを辿っていって、立体に起こすときに採集するようにまたもう一回掴むように。」
たしかに、そういう心が震える瞬間、何かが琴線に触れるような瞬間って誰しもがありますよね。
「例えるなら幼い頃に集めた貝殻を箱に入れて大切にしまっていたような、ときめきみたいなものに近いかもしれません。
光が入ってきてワッて思うのもときめきだし、誰かと話してて涙が出そうになるのもときめきだし……。そういうものをかたちにしたいなって。」

Emika Komuroのジュエリーの一部
小室さんの作品は、色とりどりの七宝も特徴のひとつ。ジュエリーでは珍しいように感じますが、これも何か理由が……?
「もともとガラスがすごく好きで、専攻はガラスと金工で迷ったくらい。」
「七宝って金属の表面にガラスの釉薬を焼き付けるんですけど、ガラスのきれいさも楽しめるし単純にきれいだし、素材として惹かれる部分がありました。色を使える点で表現したいかたちにフィットしているのも大きいですね。
釜から出した瞬間に色が変わっていくところは綺麗だし、『この色求めてた!』なんて新しい色に出会えることもあるし……。出来上がったときにときめきを感じます。」
ファッションだけでないジュエリーの魅力を伝えたい
自分の生み出した作品やジュエリーの在り方について、さらなる模索を続ける小室さん。今後はどのようなかたちで発展していくのでしょうか?
「アートジュエリーとそのほかのジュエリーって同じジュエリーなのにすごく離れていて……両立されている方って本当に少ないんです。
だから私はそのフィールドで、あるときはアートジュエリー、あるときは結婚指輪、あるときはファッションとして楽しめるジュエリーと異なるスタイルを貫きたいなと。」
ジュエリーを愛するからこそ、それぞれの魅力を伝えたいんですね。11月にはNew Jewelryへの出展、来年5月には書店での個展も控えていると伺いました。
「今、ジュエリーを買える場所ってジュエリーのギャラリーやイベント、ポップアップがほとんど。なので本屋さんもそうですが、ジュエリーが今まで置かれていなかったような違うジャンルの場所でも発表できたらと思っています。
かつての私みたいに『ジュエリー=ファッションとして楽しむもの』のイメージを持つ方がほとんどだと思うので、『え、これってジュエリーなの?』『こんなのあり?』と知ってそうで知らないジュエリーの面白さをちょっとずつでもわかってもらえたら、それ以外の側面もあるんだと気づいてもらえるのかなと。」
「もちろんジュエリーとファッションの関係は密接だから切っても切り離せないけれど、『このコップが美しい』『この絵が素敵』みたいに造形としての魅力でジュエリーを選んでもいいと思うんです。
『ジュエリーってこんなに面白いんだ』と思ってもらえて、自分の意思でジュエリーを選ぶきっかけになったらうれしいですね。」
小物として扱われるジュエリーですが、そのひとつひとつにはバックグラウンドがあり、込められた想いがあります。
何が良いもので、何がそうじゃないか……その価値を判断するのは、あくまで買う人に違いありません。
それでも、氾濫する市場のなかで作家さんが戦っているのは目先の流行や人気ではなく、ジュエリーそのものの在り方や存在意義。そしてもっと先の未来だと感じたのでした。
Photographed by Kaoru Mochida
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