建築家が求められる「価値」が近年変化してきている。
優れた建築をつくることは、ランドマークとして都市に影響を与えたり、空間体験として今までにないものを提供したり、つねに「新たな価値を生み出す」ことがこれまでは求められてきた。
しかし近年評価され始めているのが「課題を解決することの価値」だ。社会にはさまざまな課題が存在し、それは都市や建物、人の暮らしと密接に関連するものも数多く存在する。建築家は建物を建てるプロというだけでなく、社会が抱える課題にどのようにアプローチできるかというところが、近年の注目のようだ。
スイス時計会社本社(スイス、ビール/ビエンヌ/進行中)設計:坂茂建築設計/Shigeru Ban Architects Europe ©Didier Ghislain
現に、建築界のノーベル賞と呼ばれる「プリツカー賞」の受賞者にはここ数年、社会的に意義のある活動を行う建築家が名を連ねはじめている。たとえば、2016年の受賞者・アレハンドロ・アラベナ氏は、貧民層向けの住宅やチリ地震後の復興計画など、社会課題に取り組むプロジェクトが評価を受けている。
日本で言えば、2014年にプリツカー賞を受賞した坂 茂(ばん しげる)氏も同様の評価を得ている一人だ。坂氏は長年、マイノリティや弱者の住宅問題や、被災地における架設住宅の建設に尽力している。
熊本木造仮設住宅。プライバシーを確保し、隣室との間につくり付け収納を設けることで遮音性を高める。
ネパール復興プロジェクト。元から確立されていた木枠ドアの規格に、町中のレンガ瓦礫をはめ込むことで、短期間で簡単に復興住宅が建てられる。
ルワンダの難民キャンプのためのシェルター開発から、インドや中国での仮設住宅・仮設校舎の建設、東日本大震災時では仮設住宅におけるプライバシー配慮のため、仮設住宅で使える間仕切りシステムの開発にも尽力した。
坂氏は、軽く強度のある紙筒・紙パイプを利用した仮設建築を作ることを得意とし、工期が短く施工が容易、かつ再利用が可能である反面、構造的にはしっかりした仮設建築の開発に尽力している。こういった活動が評価され、坂氏は2014年にプリツカー賞を受賞する運びとなったという。
紙と木を使った、慶応大学SFC教育研究発表棟の構造モックアップ
そんな坂氏のこれまでの活動をまとめた展覧会「坂 茂:プロジェクツ・イン・プログレス」が、TOTOギャラリー・間で開催されている。
紙筒を使った特徴的な建築から、近年は木を使った大型構造物にも力を入れていて、実際に木を使って設計を進めているプロジェクトの紹介なども含まれているという。
開催にあたり、「展覧会という表現手段でしか見せられない建築の展示コンテンツとは何か?」と考え、建物完成後には理解できない、施工プロセスを展覧会ならではの表現として展示することにしている。
ラ・セーヌ・ミュジカル(フランス、パリ近郊/2017) 設計:Shigeru Ban Architects Europe ©Nicolas Grosmond
近作では2017年パリ近郊の、セガン島というところにオープンする「ラ・セーヌ・ミュジカル(La Seine Musicale)」という音楽ホールの設計プロセスも追体験できるそうだ。会場には約4mほどもある、断面模型までおかれるという。
坂氏は現在59歳。一般的な巨匠クラスの方々と比べれば、ここからさらに加速度的によい作品を生み出していくことが期待される時期だろう。建築家が社会に求められる時代になっていることを感じるきっかけに、ぜひ展示に足を運んでみては?
富士山世界遺産センター(日本、静岡県富士宮市/進行中)設計:坂茂建築設計 ©坂茂建築設計
場所:TOTOギャラリー・間
会期:2017年4月19日(水)~7月16日(日)
開館時間:11:00~18:00
休館日:月曜、5月2日(火)~5日(金・祝)、4月29日(土・祝)は開館
入場料:無料
画像提供:TOTO ギャラリー・間、一部撮影:ROOMIE編集部