日本で古くから多様に進化してきた“弁当”。学生時代はもとより現在も、職場での昼食として利用している人も少なくないだろう。
主食である米飯をメインに、肉や魚介類、卵料理、煮物、サラダなどをバランスよく組み合わせ、携帯しやすい箱に彩りよく詰めるフードスタイルは、近年の欧米でも人気。美食の都・パリでは、日本の弁当をベースとした、フレンチテイストの“Bento(ベントー)”が注目されている。
新刊書『おべんとうの人』は、全日空空輸(ANA)の機内誌『翼の王国』の連載「おべんとうの時間」でも知られる写真家の阿部了さんが、NHK総合テレビジョンの人気番組・サラメシのコーナー「お弁当を見にいく」の取材で出会った日本全国25名の“おべんとうの人”を取り上げたもの。
弁当とともにある、働く日常の風景が、独自の視点で映し出されている。
いわずもがな、働く人にとって弁当は貴重な活力源。京都の観光スポット・保津川では、唐揚げ、角煮、ソーセージなど、肉料理のたっぷり詰まった弁当が、若き船頭さんを支えている。
手づくりの弁当からは、家庭の日常的な食生活のみならず、その地域の風土や風習もうかがい知ることができる。地元・島根県奥出雲町で収穫された仁多米をおいしそうに頬張る、雲州そろばんの職人さんは、実に幸せそう。
また、長野県岡谷市の製糸所でベテラン社員さんが振る舞っていた蚕のサナギの佃煮や蜂の子の佃煮は、いったいどんな味がするのだろうか。想像を掻き立てられる。
人が食を作り 食が人を作る お弁当の中の人間模様
「サラメシ」でナレーションを担当する中井貴一さんがこう綴っているように、弁当は食べる人とつくる人の、温かなつながりを表すものでもある。
この本の表紙にもなっている静岡県大井川鐵道の車掌さんの弁当は、彼女がつくってくれたもの。勤務している最中に撮影された後ろ姿と、弁当を食べているときの優しい顔とを見比べてみると、彼女からの弁当が、彼にとっていかに特別なものかがわかる。
奈良県文化財保存事務所で調査助手を務める新郎さんの弁当は、共働きの新婦さんのための弁当と一緒に、自分で作ったもの。新婦さんのお母さんからお裾分けしてもらったというハンバーグやスープも丁寧に詰められている。新婦さんへの愛情もさることながら、人生をともに歩み始めたばかりの娘夫婦を思いやる母親の心遣いが感じられる、世界にひとつだけの弁当だ。
日本を代表する弁当ハンターの阿部さんは、今も、“おべんとうの人”を求めて、日本や世界を巡り続けているという。いつか、弁当をたずさえて働くあなたのもとに、阿部さんがやってくるかもしれない。
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Photographed by Yukiko Matsuoka、ROOMIE編集部