今年、誕生から40周年を迎えるイケアのアームチェア「POANG/ポエング」。
体のラインに沿って曲げられた弾力性のある積層材カンチレバーは、腰を下ろすことで適度なスイングをもたらし、ゆったりとした快適な座り心地を提供してくれます。
「ポエング」は、1976年に「POEM/ポエーム」という名前で発表され、1978年に現在の商品名に変更。以来、当時のデザインをほとんど変えることなく、いまでも世界中で売れ続けるイケアを代表する家具として知られています。
そんな名作椅子をデザインしたのは、イケア初の日本人デザイナー・中村昇さんです。
家具デザイナーとして60年以上活躍し続けている中村さんは、1973年から1978年の5年間、スウェーデンのイケア本社にデザイナーとして在籍。期間中にデザインした29のアイテムがイケアで商品化され、そのうちのひとつが「ポエング」だったといいます。
それから40年経ったいまも、ポエングはイケアの人気商品としてラインナップされ、全世界での総販売数は3,000万脚以上といわれています。なぜポエングは、これほど多くの人を魅了し続けるのか。その秘密について、中村さんはこう答えます。
「座ることで、豊かな気持ちになる、幸せを感じられる椅子。ポエングは、そうした考えからデザインした椅子なんです。
暖炉の前でおばあちゃんが編み物をしながら揺れている。いまはない光景だけど、ぼくの時代はそういうシーンがまだ残っていて、それがすごく豊かで、快適で、幸せなイメージだったんです」(中村さん)
椅子の基本機能は、体を支え、サポートすること。中村さんは、そこに人の感情を付加価値として加えることを思いつきます。ヒントになったのは、ロッキングチェアでした。
ロッキングチェアの“ゆれ”に着目した中村さんは、椅子のフレームに成型合板のカンチレバーを採用することで、人が心地よく思う理想的な“スウィング”を実現。そして、2年の歳月をかけて開発された初期モデル「ポエーム」は、若者の間で大きな反響を呼び、発売と同時に大ヒット商品になりました。
「クッションは7色のカラーバリエーションを用意しました。当時にしてはかなり珍しくて、全色をすべて展示したら若者にすごくウケた。それが1976年でしたね」(中村さん)
それから40年後の2016年秋、イケアは「ポエング」の商品展開に新たなフレームを1種類、クッションを6種類加えることを発表しました。
椅子のシルエットやコンセプトはそのままに、様々なフレームとクッションを組み合わせることで、現代人のスタイルにマッチしたアームチェアをつくり出すことができます。
取材をしたこの日、中村さんは午前中にIKEA Tokyo-Bayのスタッフに盛大な歓迎を受け、午後は神奈川県にあるイケア港北へ移動するというハードスケジュールの真っただ中。
その合間を縫うようにしてルーミーの取材は行われたのですが、その短い時間の中で、筆者がどうしても聞いておきたかったのが、「40年前にスウェーデンでデザインされた椅子が、時代も文化も超え、なぜいまの日本でも売れているのか」ということ。
中村さんの答えはシンプルでした。
「かっこよくて、丈夫。そして安いから」(中村さん)
「イケアは、若い人をターゲットにした商品構成です。かっこよくて、丈夫で、そして安い。これは企業コンセプトでもあり、創業者の理念に直結する大切なもの。
スウェーデンは若い人が親元から独立するとき、親の援助をまったく受けません。独立ということは、親から離れ、自立することを意味します。そのため経済的には非常に厳しい。創業者の理念は、そういう若い人たちに、できるだけ廉価で、いい商品を提供したいという思いがあるんです。
世界で共通しているのは、若い人が独立するときは資金的に豊かではないということ。日本は親が援助する家もありますけどね。そうした援助がなければ、有名ブランドの家具なんて買えません。でも、安ければなんでもいいわけではなく、かっこいいものにも敏感というのが、若者の特長なんです」(中村さん)
創業者イングヴァル・カンプラードの想いと中村さんのデザインセンスが融合したイケアのポエング。時代を超え、国境を越え、これからも多くの若者の暮らしを支え続けることなりそうです。
「ポエングは、体だけではなく、心も支える椅子なんです。仕事で疲れて帰ってきたとき、全身をポエングに預けて、心も体もリラックスしてほしいですね」
(中村さん)
そう語る中村さんは、まだまだ現役の78歳。
60年以上家具づくりに没頭してきた男の手は、想像よりも分厚く、やわらかく、そしてあたたかい。
photographed by Ryuichiro Suzuki