築80年を超える古民家があります。
谷中という土地がつないできた時間が、いまも息づく場所。
かつて茶道の先生が住んでいて、全部屋に炉がある古民家に、
「kurachiffon 瀧内未来一級建築士事務所」の仕事場兼住居がありました。
第4回目のリノベストーリーは、kurachiffon代表の未来さんに「古民家での暮らし」について、いろいろなお話をうかがってきました。
それにしても、なぜ彼女はここに住むことになったのでしょうか……?
なぜ、この古民家に住むことになったのですか?
ここは昭和13年(1938年)に建てられた家です。
前の家は37㎡の部屋をフルリノベーションして、家族4人で暮らしていました。狭さを感じさせないように、小上がりやロフト、引き出すかたちのベッドなどによって、空間を立体的に使った部屋でしたね。
長女がまだ保育園生だったので、それぐらいの広さでも問題なかったのですが、中学生に上がる7、8年後には必ず手狭になるだろうと思っていました。引っ越すとしたら、マンションではなく、庭があってゆったりした作りで、昔ながらの日本らしい家に住めたらいいな、という気持ちでいました。
そんなとき、空き家になって傷みが進んでいた、この建物に出会いました。
建物の持ち主や関係者の方々に話を聞いてみると、ちょうどこの建物の活用方法を模索しているところでした。私が建築家ということもあり、ここの設計も含めて住人にならないかというお誘いを受け、こんなチャンスは二度とないと思い、引っ越しを決意しました。
だから、予定よりも早い引っ越しになってしまって、前の家はフルリノベーションしたにも関わらず、1年半ぐらいしか住んでいません(笑)。いま、その部屋は若いカップルの方に貸し出しています。
ここをリノベーションするとき、なにが大変でしたか?
まず大前提として、この建物はできるだけ昔の姿で保存するという目的がありました。だから、なんでも自分たちの好きなように内装をつくり変える、ということはできません。
でも、昔の間取りのままだと、ものすごく住みにくいんですよね。キッチンから廊下を迂回しないとリビングに行けなかったり、キッチンが暗くて寒かったり……。
そこで、建物の保存に詳しい方々から日本住宅の歴史をうかがったり、持ち主の方との協議を重ねたりして、リビングとキッチンの間にあった壁を取り壊すことにしました。それだけで格段に、暮らしやすい空間になりました。
他にも、既存の大きさにユニットバスが入らなかったことや、暮らしの生活動線を考え、お風呂場を2階に移動させ、水回りを整理し直しました。
設計の際は、私がもともと商業施設を多く手がけていたこともあって、ここを訪れる人がどう楽しんでくれるかという視点を大切にしました。
できるだけ昔の素材を活かしながらどう素敵に見せるかということと、全体の予算との間で、理想と現実の兼ね合いに苦労しましたが、この経験はすごく勉強になりました。
古民家での暮らしはどうですか?
古民家は寒そうだとよく言われますが、新しく導入した床暖房とガスストーブがあれば意外と平気でした。といっても、今年の冬はありがたいことに暖冬だったんですけどね(笑)。
マンション暮らしと違って、“虫”が多く出るのは仕方がない部分ですね。ここの窓には網戸が付いていないんです。なので、夏は朝一番に蚊取り線香を2か所に設置して、虫が近づかないようにバリアを張るようにしています。
古民家での生活は、いい意味でも悪い意味でも「変化のある暮らし」を楽しめます。時間帯によって家の表情は刻々と変化しますし、家の中にいても天気の変化や、四季の移り変わりを肌で感じることができます。
マンションの均一な空間で暮らすことと、この家で暮らすことは、まったく違います。人によって好みは分かれると思いますが、古民家暮らしだからこそ感じられるストーリーに溢れていて、私は気に入っています。
お子さんたちは、ここでの暮らしをどう感じていますか?
実を言うと、子どもたちはこの家を「暗くて怖い」と言ってます(笑)。私たちがあえて煌々と電気を点けないということもありますが、夜が暗いという当たり前の事実は、ここで暮らして初めて気がついたんだと思います。
夜は暗くなるし、静かになる。少し寂しい気持ちになるし、神秘的で怖いと感じるときもある。そういった感受性が養われるのも、日本の住宅らしさだと思っています。
子どもたちが大人になるころには、いま以上に世界中の人たちと仕事をしたり、コミュニケーションをとることが当たり前になるでしょう。そんなとき、ここでの暮らしで培われた「日本人としてのアイデンティティ」が、グローバルな社会できっと役に立つと思います。
この家は風が吹くとススが飛ぶこともあるので、子どもたちは「まっくろくろすけがいる」と思っているかも(笑)。
ただ、子どもたちが高校生ぐらいになると、ここは住みにくくなるでしょうね。
いまは子どもたちが小さくて、感受性が強い時期だからこそ、古民家での暮らしが私たちにフィットするんだと思います。
すぐに路地や庭に出られて、敷地内では1人でも安心して遊べるし、近所にあるお店の人たちがお店を手伝わせてくれたりして、たくさんかわいがってもらっています。
今後、この家でどんな暮らしをしていきたいですか?
この家の2階は家族だけの生活空間になりますが、1階部分は外から丸見えです。なので、ここを訪れる方や近隣の方々に古民家での暮らしを知ってもらうという「半パブリックなスペース」と認識しています。
kurachiffonでは、空間設計の他に、暮らしにまつわる活動もしています。家具のブランディングの企画「テーブルテール」や、友人と「ソラマメ」というユニットを組んで、食のワークショップ「暮らしのテーブル」や、日本の家庭料理で人をおもてなしする「そらまめ食堂」や、ケータリングなどを行っています。
東京オリンピックが開かれる2020年までは、ここに住み続けるつもりなのですが、それまではこの家を使いながら、多くの外国人観光客の方々に、もっと日本文化の良さを広く知ってもらいたいと思っています。
谷中周辺はお墓が近いこともあって、奇跡的に昔の街並みが残っている地域です。素敵な街並みで、歴史ある建物が残っているのに、毎年どんどん取り壊されていく。それは本当にとても悲しいことだと思います。
そういう現状に少しでも歯止めをかけられるように、私たちがこうやって古民家に住むことで、古い家でも解体することなく、上手に手直しさえすればまだまだ住み続けられることを、もっと多くの人に知ってほしいですね。
家族の形態が変わり、現在の家が住みづらくなったとしても、「家を壊して建て替える」のではなく、人が住み変わっていく選択肢もあります。今の状況に合わせて、昔からある家を手直ししながら、次の世代に残していくスタイルです。
そんな「住みつなぐ」という価値観を、この場所から少しでも多くの人に提案していけたらいいなと思っています。
快適さだけを考えれば、古民家は住みにくい家かもしれません。でも、快適さだけを追い求めていった結果、日本の街並みは大切な何かを失ってしまったような気がします。
古いことをネガティブに感じるのではなく、ポジティブに捉えられるような社会をつくる。
自宅を使って古民家の本当の良さを伝えようとするお二人からは、日本人が失いつつある何かを、次の世代に残していきたいという強い思いを感じました。
どんな家に暮らしたいかではなく、どんな暮らしをしたいか。
それを考える大切さを、お二人に教えてもらいました。
Photograghed by Daisuke Ishizaka
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