和紙と竹ヒゴだけで構成された照明「AKARI」。

日本人とアメリカ人の血を引く彫刻家のイサム・ノグチ氏によって1951年に発表された「光の彫刻」です。

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Photo Credit: heals

彼がこの作品を「AKARI(明かり)」と名付けたのには、ある理由があります。

この「明」という漢字が「日」と「月」から成り立っているように、太陽や月の光を部屋に取り入れるという意味があるんです。

和紙によってやわらかく光る「AKARI」は、内部に光源があるため“影”というものが存在しません。イサムはこの作品を「影のない彫刻作品」と語り、光そのものを彫刻した「光の彫刻」として発表しました。

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日本の伝統的な素材でつくられた「AKARI」ですが、和空間だけでなく、モダンなインテリアにも自然と溶け込みます。和紙から漏れる独特の光は、世界中の人々から称賛され、部屋にほのかなあたたかみとアクセントを与えます。

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Photo Credit:improvisedlife

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Photo Credit:smow

彫刻家だったイサム・ノグチは、どのようにして名作「AKARI」をつくるに至ったのか。その秘密は、彼の生い立ちと大きく関係していました。


孤独を抱えたイサムの過去

イサム・ノグチのポートレート

Photo Credit: japantimes

イサムは、日本人の父とアメリカ人の母の間に産まれました。出身地はアメリカのロサンゼルス。

その後しばらくはアメリカで暮らし、イサムが2歳のころ、母と来日。父と3人暮らしを始めるも、両親は別居。母子家庭となったイサムは、当時では珍しい混血児(ハーフ)であったため、学校では毎日いじめにあい、まわりからの冷たい視線にさらされていたといいます。

そんな孤独なイサムの少年時代を癒してくれたのは、日本の優美な自然でした。

kyoto_beautiful_秋の京都

Photo Credit: Art Wolfe

特にイサムは、障子に映る“月明り”が特にお気に入りでした。

月の出ない夜は、行燈(あんどん)を障子の裏側から照らすことで、ようやく安心して眠りにつくことができたといいます。

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イサムは13歳のとき、徴兵制度を恐れた母親にアメリカの学校へと送られました。名前を“サム・ギルモア”に変え、アメリカ人として生きることを強いられます。

その後、高校を主席で卒業したイサムは、コンロビア大学医学部に進学。しかし、20歳になった頃には、ニューヨークの「レオナルド・ダ・ヴィンチ美術学校」の彫刻クラスに通いはじめ、大学を中退。彫刻家としての人生をスタートさせます。

彫刻家としてのキャリアを積み上げた彼は、1949年、ボーリンゲン財団奨学金を得て、世界中を旅することにします。目的は、彫刻に対する限界を広げるため。そして、2年にわたる旅で最後に訪れた場所が、母親と暮らしていた日本だったのです。

1951年、広島での仕事へ向かう途中、長良川の鵜飼を見物するために岐阜へ立ち寄ったイサムは、岐阜提灯に魅了されます。そして、提灯工場を見学したあと、そこでいくつかのデザインや試作品づくりを経て、彼の代名詞ともいえる「AKARI」を完成させました。

イサム・ノグチ_アトリエ_制作

Photo Credit: thestar

和紙を通してやわらかく光る「AKARI」は、幼少期にイサムの孤独を癒した障子越しの「月明り」を再現したものといわれています。

「AKARI」は、僕が自信を持って誇れる仕事のひとつです。

生前、イサム本人がそう語っていたように、彼は生涯にわたり様々な形の「AKARI」を発表し、その数は200種類以上にも及びます。

彼の記憶に鮮明に残された、障子越しの月明り。

幼い頃の心象風景を具象化することで、彼自身もまた「AKARI」たちに癒されていたのかもしれません。


イサムの作品づくりの原点とは?

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Photo Credit: tsujikura

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Photo Credit: artweek.la

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Photo Credit: geocities

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Photo Credit: mamenouchi.blog

「AKARI」シリーズだけでなく、様々な彫刻作品や空間芸術を世に残したイサム・ノグチ。彼の作品作りの根底には、「誰かの役に立ちたい」という情熱がいつも込められています。

二重国籍に生まれた彼は、自分が何者なのか、自分はどこに所属しているかを常に問い続ける人生でした。本当に落ち着ける場所、誰かの役に立つところ、それを探し続けた彼は、彫刻作品を通して「人の役に立てたときが一番うれしい」と語り、作品づくりの大きなモチベーションにしていました。

両親からの愛情を満足に得られず、必死に孤独と戦った少年時代。その記憶のエネルギーを「誰かの役に立ちたい」という目的に転換させた天才彫刻家、イサム・ノグチ。

彼の心の原風景が作り出した「AKARI」。それは、彫刻作品でありながら、私たちの孤独を癒す月明りのような存在なのかもしれません。

[株式会社オゼキ]
[AKARI OFFICIAL WEBSITE]
[ノグチ美術館]

Top photo: twentytwentyone

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