オッケー。認める。また作りすぎている。
テーブルに並んだ料理の山を前に、わたしは、深くうなずいた。
鶏の照りマヨ、野菜スープ、トーストしたフランスパン。にらたま。きんぴらごぼう。筑前煮。
一方、部屋にいるのは、渡瀬アヤことわたし、ただひとり。
「食いきれるかーっ! 多すぎるんじゃーっ!」
わたしは叫んで、コンビニへダッシュ、ジップロックを購入、料理を半分づつ袋に詰め、冷蔵庫を開けた。
しかし中ではあれれっ?! すでに肉じゃが、おでん、鮭のムニエル、餃子、ラタトゥイユなどが押し合いへし合いし、新参者など入る余地はまるでなかった。
忘れてたわー、先に作り置きしたもの食べればよかったー。
などという後悔は後の祭り。アフターフェスティバル。
わたしは少し考え、数少ない友だち何人かに連絡してみた。
「ごめーん、行けませーん」という意味あいの謝罪スタンプが、一斉に送られてきた。
友は全滅だ。
じゃあ彼氏……って、そんなのいないし!
親……新幹線で5時間かかるし!
……窓から投げ捨てるか。
それとも喰らいまくるか。胃が破れるまで。
くすん。なんでいつもこんなに作っちゃうんだろう。
答えは決まっている。料理が好きだからだ。
先ほども紹介させていただきましたが、わたしの名前は渡瀬アヤ。
先々月23歳になったばかりだからまだほとんど22歳の、社会人一年生。
Web制作会社でデザイナー見習いをしているんだけど、毎日忙しいのなんの! すごいのよ。
そもそも地頭が悪いんで、仕事は遅いし、しょっちゅうポカミスするし。
ストレスが溜まる。きっと周りは、わたしのせいでわたし以上にストレスが溜まっていらっしゃることでしょう。誠にもって遺憾の限りです。
そのわたしの唯一のストレス発散法が、料理。
ぼっちのわたしには予定なんてないから、週末はずっと料理してる。
最初は、常備菜の作り置きを、一週間分作ってただけだった。
しかし、すぐに、クックパッドからカリスマ主婦ブロガーのレシピからオリジナル料理まで、いろいろ作るようになっていった。
そして今。
わたしのインディアンネームは「作りすぎる女」。
料理って、一人分の量しか作らないのは逆に難易度高い。どうしても最低二人前くらいになる。
それに、どうしても複数作りたくなる。
だから、作った後は、料理の山を目にして呆然とする。
やっべ。マジでこんなに作っちゃったの?
……とりあえず写真でも撮っとくか。
せっかくだから、スマホじゃなくて、本格的なカメラで撮るか。
よーし。明日電気屋に行って、カメラを買ってこよう。
な、なんなの!? この美麗写真!
背景が柔らかくボケて被写体が浮かび上がる。明るい。色が綺麗。
ビビった。店員に奨められるままに予算を大幅にオーバーして買ったデジタル一眼、マジ半端ない。
オートで撮っただけなのに、このクオリティ。使いこなしたら、どんだけプロっぽくなっちゃうわけ?
わたしは、仕事が終わると、撮影テクニックをWebで検索したり、テーブルクロスやお皿を新調したり、いろんな構図で料理を撮ったりするようになった。
写真をアップするブログも作った。写真に簡単な日記とレシピ(または参考にしたサイトへのリンク)を加えて、公開。
仕事で覚えたソーシャルメディアマーケティングってヤツで、TwitterとFacebookとInstagramとPinterestで更新を告知。レシピブログにも登録。
そんなことをして、作りすぎの罪悪感を、少しだけ軽くしていた。
「ブログ見たよー」
「あれアヤちゃんが作ったの?」
などと声をかけられるようになってきた。
「すっごく美味しそう! それとボリュームもあるよね」
「そうなのよー、いつも食べ過ぎちゃうし、どんどん肥え太っていっちゃうー。デュフフ」
「もったいないよー」
そのうち、
「作りすぎた分、会社に持ってきなよー。食べたいー」
と言われるようになってきた。真面目な子からは、
「食材費は出すから」
と真剣な眼差しで言われたりもした。
何日か悩んだ後、ある日わたしは、料理をタッパーに入れて、恐る恐る会社に持っていった。
ランチタイムにカフェスペースで、タッパーを開ける。
いつものランチ仲間が、歓声をあげた。
「これ、昨日のブログに出てた『カレー風味のロールキャベツ』と『鶏つくね入りきんぴら』ね!」
わたしは判決を待つ囚人のように、縮こまった。
料理が、みんなの口に運ばれる。
「美味しい!」
「最高!」
「女子力高い!」
ホッ……とりあえず成功でした……
このランチパーティは、週イチくらいのペースで開催された。
食べに来る人も、どんどん増えていった。
誰かが、「アヤ基金」なる募金箱も作ってくれた。ほとんどの人が、いくらか入れていってくれた。それは恐るべきことに、収支的には少しだけど黒字になるほどだった。
総務からは何も言われない。派手にやらなければ黙認らしかった。
「アヤちゃーん」
と呼ばれ、振り向くと、お洒落パイセンがいた。
お洒落パイセンは弊社の看板デザイナー。何度も賞をとったことがある、業界では有名な人。
お洒落風な無精髭を生やし、お洒落そうなシャツを着て、お洒落げなメガネをクイックイッとさせている。
ハッキリ言って、雲の上の人すぎて、畏れ多い。
同じ部署ながら、会話をしたことすらない。
そんなお洒落パイセンが、いきなり話しかけてくるもんだから、わたしはすっかりびっくり仰天して、
「はい、なんざんしょ」
と、語尾がおかしくなってしまった。
お洒落パイセンはものすごく親しげに、こう話を切り出してきた。