文字の食卓』というウェブサイトをご存知でしょうか。

滋味豊かな書体をあつめました」と書かれたそのウェブサイトは、毎回テーマと「書体」の名前が掲げられます。その「書体」がぴったりくる一節が小説や雑誌などから抜き出され、その言葉をめぐるさまざまなことが綴られたエッセイ集です。

選び出された言葉と「書体」は、あまりにもぴったりで小気味がよいほどです。

著者の正木香子さんのまえがきにこうあります。

“子どものころ、物語をつくるひとは、とくべつな文字をつかえるのだと思っていました。(中略)その書体のひとつひとつに、ちゃんと名前がついているのだと知ったのは大人になってからのことです”

たとえば上であげた「あ・うん」で使われている「書体」の名前は、<かな民友明朝>といいます。

その回のテーマは「蕎麦の文字」。

「あ・うん」はいわずと知れた作家・向田邦子のエッセイのタイトルですが、正木さんはこう綴ります。

“昔から知ってはいるけれど、自分では一度も口にしたことのない言葉のひとつに「蕎麦をたぐる」という表現がある。

きどった感じがして気恥ずかしいし、何より似合わない。漠然と男性語のような気がしていたのは、江戸っ子や噺家のイメージがあるからだろうか。

でも、実を言うと、「蕎麦をたぐる女」にちょっと憧れる”

そして正木さんの“蕎麦をたぐる女”への想像と、さらにその「書体」への印象が書かれています。

先の「あ・うん」ならば以下のように。

“「読む」というよりは「たぐる」という気分がしっくりくる。重みのある、ダイナミックな強い線”

同じ回で他に選ばれた<かな民友明朝>の言葉がこちら。



『芸術新潮』 新潮社、2001年12月号、目次

ここでは<かな民友明朝>という書体のルーツについて書かれています。



別の一節。

中場利一『一生、遊んで暮らしたい』 角川書店、1998年

さらに、その書体に対する正木さんの思いが続きます。

この「文字の食卓」で紹介されているのは主に、写植(写真植字)書体が中心で、今ではあまり見かけなくなっているものです。

本や雑誌の文字を組むのに、90年代後前半からDTP(Desktop Publishing)が近年急速に進みました。活版や写植の時代が終わりつつありましたが、最近では逆に味わいのある文字に惹かれ、あえて活版印刷が使われることもあります。

正木さんの『文字の食卓』は例えるなら、人目を惹く派手さはないけれど、寒い冬の日に身体に沁み入るようなスープのように、彼女の好みと気持ちがじんわりと伝わってきます。

どの「書体」を使うかは、作家が言葉を生み出して、そしてブック・デザイナーが選ぶもの。ブック・デザイナーはその作品に一番ふさわしい文字を選び出します。

その繊細な気持ちや遊び心を汲み取って味わうことのできる、正木さん。

“文字の表情にひきよせられて、めぐりあう言葉もきっとあると信じています”



『文字の食卓』は今年秋、書籍化されました。

エッセイとしても楽しめ、何より編集者やデザイナー、印刷業など、文字に関わる仕事をされている方にはたまらない一冊になっています。

文字の食卓

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