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人は、帰る場所に安心感を抱き、帰る場所があるからこそ、アイデンティティを確立できるのかもしれません。生まれ育った「実家」や、共に学んだ“小社会”である「母校」など。

とりわけ、さまざまな先生や友人たちと過ごしてきた学校という存在は、数多くの想い出があり、懐かしさに心温まる気持ちを抱くことも。

でも、そんな想い出の校舎がなくなってしまったら



東日本大震災の影響で取り壊しが決まった学校校舎に、「もうひとつのオクリエ」と題して学生たちが壁画を描きました。この作品にまつわる美しいエピソードは、多くの意味をわたしたちに教えてくれているような気がします。

オクリエ」とは、2011年7月から8月にかけて、福島県いわき市小名浜にある鯨岡肉店の建物に施した弔いの壁画。

2011年5月に小名浜を訪れたナカジマシゲタカ(ライブペインター)の発案で始まった。津波を受けて取り壊しが決まっている建物に、弔いの想いを込めた壁画を施そうとするプロジェクトだ。人が亡くなった時におくり化粧を施すように、建物もただの物ではなく人が暮らした場所としておくり出すことを考えた。

およそ5日間をかけて、8月のお盆に完成し、翌2012年の9月上旬に予定よりも半年以上遅れて取り壊された。

なくなってしまう建物に、「場」という意味を付すものとなったこの「オクリエ」は、アートがもつ力を改めて教えてくれています。



建物がなくなると、薄れゆく記憶の中に過去の想い出を保つことは難しくなっていきます。社会問題も風化します。自分が育った地が変化し、こうして、「想い出が帰る場所」もなくなってしまうのです。母校を訪れることが不可能になれば、懐かしい記憶をたどり、昔を思い出す機会も失われてしまうから。



でも、そこに「アート」が残ったらどうでしょう。それは、作品として、少なくともこうして写真やインターネットにしっかりと残り、壁画を描いた学生一人一人の想いと共に、「そこに母校があった」という軌跡がはっきりと残っていくのではないでしょうか。



寒い中、手をペンキで濡らして桜の花を校舎のコンクリートとガラスにペタペタと「描いて」行ったその記憶は、こうした美しい作品として心にも社会にもしっかりと残っていく。



そう、学生たちが自らの「手」を使って描いたこの桜。校舎内に入って見ると、太陽の光が照らすその窓ガラスが、奇跡のような美しさを生み出し、作品としても印象深い、素晴らしいアートを創り出しました。

そして、それは先生や他の学生たち、そしてOBたちに、「帰ることができる、想い出がよみがえる場所」を残してくれました。



歴史を紡ぎ、人を繋げるアートの力は計り知れません。だからこそわたしたちはアートに魅せられるのかもしれません。

もうひとつの“オクリエ”01,02 [とかげとかめのしっぷ]

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