TOKYOSAKA 往復書簡。

インテリア商社で営業経験のある、ファッションPR&roomieライター・ハタナカと、木の家作りをしている大阪の見習い設計士・田辺愛さんが「インテリア」や「空間」について語らう連載です。

東京で建築を学び、空間プロデュース事務所で勤務の後、地元大阪で仕事をしている田辺さんの生き方は、シンプルでありながらも丁寧。そんな素敵な語らいを、このたび東京-大阪間で往復書簡(ネットですが)としてスタートします。

これから2人でつらつら話していきますので、取り上げてほしいテーマがあればコメント欄にご意見をいただければと思います。

収納やインテリアの本は世の中にたくさん出ているのに、あんまりピンとこない。収納を増やしても部屋が片付かないってのも、よく聞く話。ものを買いそろえることは根本的な解決にはならず、その管理の手間が増えて、かえって不自由さが増してしまいます。付け加えてどうにかしよう、というよりは、「引き算かもね」というところから「収納」という話の先に「引き算」という言葉が出てきました。今回はこの「引き算」から見えることを、2人で考えていきます

■引き算すると見えてきたもの

田辺:昨年の地震の影響もあって、「引き算」という考え方や、「Less is More(少ないほうが豊かであるということ)」という言葉にあるように、ものを所持することについて考えてしまう今日この頃。一方で、私はミニマリストではないし、ものがごっちゃりしているのもアトリエみたいで素敵で好きだな、と思う自分もいます。

収納の相談を受けて、クリエイティブユニット「graf」の服部滋樹さんが「必要最低限のものだけで生活してみるとわかることがある」と語っていたのを思い出しました。コップしかないから、コーヒーも日本酒も麦茶も何でも普通のコップで飲む。そこまで突き詰めてはいないけれど、ひとり暮らしのときに私もそのスタイルを試してみました。その生活のなかで、たまに外食したときに、日本酒をお猪口で飲むと「おいしい!」って感じる、やっぱりコーヒーにはコーヒーがおいしいく飲める器があるっていう、ものがその形として存在している理由がある、と思ったの。

ハタナカ:よく服のコーディネートでもそういった話になりますが、引き算って、実は日本人そんなに得意ではないように思うんです。「引き算」という考え方は、重ね着が得意な人たちにとって対極的な印象です。だから雑誌の企画で、記者の方から「どんな人がオシャレ男子なの?」と聞かれると、「シャツにデニムとか、さっぱりしてる人!」とPR担当の女子が一同に答えるんですよね。

安いものと高いもの、いろいろな価格のものを選んで買える、今の時代ならではの悩みかもしれない。それを悩みだと思ってる人がいるかはわからないですけど。ただ、収納方法を解説した本や「断捨離」が話題になるのも「このままじゃいけない!」という、飢えにも似た焦りはあるのだと思います。

みんな自由でいいのにね。服部さんの言葉もよくわかるな。実は私、先日大切な人にカップをいただいて気づいたんだよね。やっぱり、飲むもので器を変えたりするだけで気分は変わるし、愛ちゃんの話も納得できる。

田辺:カップの話、素敵だね。量よりも質っていう感じかな。そのカップとどのような出会いをしたか、ということなんだろうね。

ハタナカ:そうそう、量より質。物事の本質でしょうね。

■簡素でも生き生きと暮らせた理由とは

田辺:ひとり暮らしを始めたとき、私はお金のない学生で、完璧を求めると高いものになってしまうし、部屋も狭くて置き場に困る。じゃあ、できるだけものを買わず持たずにと思って、家具は昔から使っていた2脚のチャーチチェアと作業用の天板を持って行きました。

テレビなし、ベッドなし、炊飯機もなし、お鍋1つでスープや炒め物を作り、お米も炊く。食器類も、初めは実家にあったDuralexのグラス(お客さま用に数個)と両親の結婚記念に作った白いカップ&ソーサーしかなかったから、ソーサーにトーストをのせて、カップにスープを入れて…。

食器はさすがに増えてしまいましたが、家電や家具はそのまま。3回目の引っ越しで掃除機も手放して「ひとり暮らし程度ならほうきのほうがかさばらない」「部屋に置かれた状態が絵になる!」みたいな。これは「シャツにデニムとか、さっぱりしてる人!」をオシャレだと思う感覚に近くないですか。

ハタナカ:確かに! 近い。余裕がある感じがして私は好きですね。

田辺:簡素すぎると思う人もいるかもしれないけど、手放してしまうとすごく自由で、その中には工夫して使う面白さがあって、部屋にあるひとつひとつが生きている、君がいるから私がいるのよねと思えるような感じ(笑)。

そうしていられたのも、

  • すっきりして心地良い
  • 愛着のあるもの、中には10年以上前から使っているようなものもあり、その年月にも耐え得るものだったこと
  • 流行のない、素直なデザイン
  • といったことが理由なのかな、と思います。

    もちろん、そんな旅人的生活は長く続けられるものではないけれど、今ある範囲内で無駄なく生活することに価値を置いてみる時期って自分にとっては大事な体験。とはいえ、ものは生きてる年数分増えていく一方だし、他人にはがらくたに見えるものでも宝物だってこともある。

    がらくたか、そうでないものかは、主観に従うしかない。それよりも、美的感覚を持つということが部屋の秩序を保つ。ちょっと堅苦しくなっちゃったけれど、要は、自分が何を心地良いと思うか知って、生活の質を大事にすることなんだろうなぁ。

    ものを持たずには生きては行けないし、かと言って何でも捨ててしまえばよいということでもないし、捨てたものがどうなるかも考えたい。「生き生きと暮らす」を目指したいなぁ。

    ハタナカ:確かに、収納を増やしても、結局、すっきりさせるには自分と向き合う必要があるよね。生活態度を把握し、見つめなおすとか。じゃあさ、次は、「生き生きと暮らす」とはどういうことか考えましょうか?

    ■プロフィール
    田辺愛
    武蔵野美術大学 建築学科卒業。現在、大阪の北部で木のいえづくりを学んでいる。

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