なぜ今もなお語り継がれるのか? 近代建築の巨匠、ル・コルビュジエ

ル・コルビュジエという建築家をご存知でしょうか。1887年スイスで生まれた彼は、主にフランスで活躍しフランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエと並んで「近代建築の三大巨匠」として知られています。

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ルーブル美術館 / shutterstock

フランスの建築というと、ノートルダム寺院やルーヴル美術館といった極めて装飾的な建築を思い浮かべるかもしれません。しかし、コルビュジエの建築はそういったいわゆる伝統的なフランス建築とは正反対に位置しています。彼の代表作であるサヴォア邸を見てみましょう。

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ル・コルビュジエ サヴォア邸 / wikipedia, creative commons 3.0

アーチ型の窓はなく、建物の側面に装飾は一切ありません。なぜこのような建築が生まれ、評価されるまでに至ったのでしょうか。


伝統に縛られない建築スタイル

それを知るにはヨーロッパの建築の歴史を少し知っておく必要があります。

コルビュジエの生きていた時代はもともと、古代ギリシャ・ローマ建築を起源に持つルネサンス建築が長い間、絶対的な支持を得ていました。これはつまり、紀元前に建てられたパルテノン神殿のような建築を手本に、建築家は芸術作品を作ることが求められていたということです。

また、ルネサンス建築が誕生するまでにも、ロマネスク建築やゴシック建築などさまざまな様式が生まれています。この様式の話はとても奥が深く諸説も膨大にあるので省略させていただきますが……。

兎にも角にも、コルビュジェを知る上で大切なことは、彼が登場する以前の教会や美術館といった建築は組積造(そせきぞう)と呼ばれる石やレンガを積み上げてつくる構造 が主流であったということです。

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パルテノン神殿 / shutterstock


新素材を味方にした発想の転換

しかし、技術が発達し鉄やコンクリートといった新しい素材が誕生すると建築も変わっていきます。

今まで石を積み上げて大きな壁を建てないと成り立たなかった建築が、鉄筋コンクリート(RC)を用いれば柱と梁だけで構造上成り立つようになったからです。RCでは大きな開口部も作れるようになり、組積造では構造上必要であった内部の大きな壁も必要としません。

「まったく異った方法で建築が建てられるようになったのに、これまでと同じようなデザインである必要があるのか?」こういった疑問からル・コルビュジエをはじめとした近代建築家がそれまでの主流からはかけ離れた提案を行なっていくのです。そして、そのような思想のもと生まれた建築は、モダニズム建築と呼ばれています。

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ドイツの集合住宅、ヴァイセンホーフ・ジードルング(代表的なモダニズム建築のひとつ) / wikipedia CC3.0

さて、ル・コルビュジエはRCの時代において、建築を構成する主要素は、スラブ、柱、階段の3つであるとする「ドミノシステム」を考案し、組積造からの脱却を図りました。

そしてさらに、新たな時代の建築が満たすべき条件、「近代建築の五原則」を提唱します。

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ドミノシステム

近代建築の五原則

ピロティ:建物を持ち上げることで生まれる1階部分の空間。

屋上庭園:屋上は都会でも日当たりがよく、植物を育てることができる。

自由な平面:構造上の壁が必要なくなったので、部屋のレイアウトがより自由に。

水平連続窓:光を取り入れるために不可欠であるが、石積みの建築では作れなかった。

自由な立面:構造上の壁が必要なくなったので、建物の正面の壁も自由にデザインできるように。

この原則はクック邸で実現され、1931年竣工のサヴォア邸でさらに完成度高く体現化されています。日本にある、彼が基本設計を手掛けた国立西洋美術館でもピロティは取り入れられていますね

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国立西洋美術館 / wikipedia, creative commons 2.5


住宅から都市へ、街づくりという大きなビジョン

また一方で、彼は邸宅の設計を行なう以前に、未来の都市のあり方についても言及しています。

1925年にはパリの都市計画「ヴォアザン計画」を、1930年には「輝く都市」を発表し、今後の都市は低層な建物で覆い尽くすのではなく、超高層ビルを建て周りに緑地を作るべきだと述べていました。

こういった考えが色濃く反映された建築が、「ドミノシステム」に基づき1945年から相次いで建てられた一連の集合住宅、ユニテ・ダビタシオンです。

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ユニテ・ダビタシオン by Claudio Divizia / Shutterstock

かねてから都市について言及していた彼が、なぜ都市の中心となるような大きな建築ではなく先に個人住宅に着目したのか、これはとても興味深いことです。

コルビュジエは今後の都市を変えていく上でまず初めに住宅という、都市を構成する上で一番小さな建築に着目し、それを変えることで都市も根底から変わっていくと考えたのではないでしょうか。彼のこの姿勢は、彼が提案した理論「モデュロール」からも読み取れます。

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モデュロール

これは建築を設計する際基準となる寸法体系で、日本家屋で言うところの畳(4畳、5畳といった単位系)がそれにあたります。

そしてこのモデュロールは、黄金比と人体プロポーションから導き出されています。少し難しく聞こえるかもしれませんが、要するに人の身長から最適な家具や階段、天井の高さなど建築の最適な大きさを考えていったということです。


合理性を身にまとった芸術家

新たな建築をさまざまな理論で体系づけてきた彼は、機能性をひたすらもとめる合理主義者だったのでしょうか? 実は、そうとも言い切れないのです、むしろその逆かもしれません。彼の晩年の作品、ロンシャンの礼拝堂を見てみましょう。

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ロンシャンの礼拝堂 / shutterstock

それまでの彼が提唱してきたモダニズム建築からもまたかけ離れたデザインです。

彼は自身にもとらわれない自由な発想を常にもった芸術家でもあったのです。だからこそ、ルネサンス建築の時代にモダニズムを提案できたのかもしれません。

そして最後に、ル・コルビュジエという名前ですが、これは本名ではなく実はペンネームなのです。本当の名前はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリといいます。建築界に多大な影響を与えた巨匠コルビュジエという存在そのものも、彼の創造した作品のひとつなのかもしれません。

text by Kazuki Miyahara from Gizmodo Japan

Portrait of Swiss-born French architect and designer Le Corbusier (born Charles-Edouard Jeanneret, 1887 – 1965), New York, New York, 1930s. (Photo by Barbara Morgan/Getty Images)

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